最近何故かアイヌの民話が大好き。
いまはこれ読んでます。

萱野 茂
炎の馬―アイヌ民話集
アイヌの昔話のことを ウウェペケレ と言うそうで
その意味は ウ=お互い ウェ=それ ペケレ=清らか
で、話を聞くことでお互いが清らかになるとアイヌは考えていたそうです。
他にも カムイユカラ と言うのもあって、これは神が自らのことを語った話だそうです。

一話一話が短くて読みやすいってのもあるけど、
話の中にカムイ(=神)がいっぱい出てきて、
神と人間の付き合うさまに興味をそそられます。

アイヌ民話に描かれている神という存在は、
たとえば熊の神だったり、鹿の神だったり、狼の神だったり、狐の神だったり、火の神だったり、
たぶん身の回りのあらゆるものを神と考えていたんじゃないか?と思えるぐらい神がいっぱい出てくる。
そして、その神たちは
一般的に思われているように、まったく非の打ち所もない清廉潔白聖人君子で奇跡を起すような
宗教的?な神ではなく、
悪戯もすれば、間違いも起すし、恋をして自分を見失ったり、‥と、
人間らしいと言うか、神も生きた存在なんだ、と思わせるような描き方がされている。
人々はそんな神達に丁重に接し祈りを捧げる。
僕は本を読んでいるうちに、
これこそ本来の神の姿であり、神との付き合い方ではないかと思うようになった。

話は変わるようだが「ダヴィンチコード」が映画も封切られて話題になってるようですね。
僕はまだ見てなくて本も読んでないけど、
土曜にテレビで特集してるのを見た。
それによると、
キリストは実は結婚していて、子供もあったけど、
それでは神としてまずいから政府か何かが必死に隠そうとしている。
そのことをダヴィンチは暗号として残した。
(僕にはそんなふうに見えました)
つまりあーゆう神ってやっぱり、
支配者が人を支配しやすいように洗脳するため(←ここまで言ったら言い過ぎ?)
政策的に作られた神なのではないでしょうか・・・

(いゃ‥ 信じてる人に対して 何も言うつもりはありませんので。。。念のため悪しからず)

僕は普段から、もっと日常的な儀式を大切にした生き方をしたいと思っているから
とくにそう感じるのかもしれないけど、
結論としては、
現代に生きる僕達が抱える大きな問題
その一つは、作為的に作られた神を信じたことで、
本来の神々や、また人間は自分自身からも離れてしまった。
ということではないかな・・・



なんて、えらい結論になってしもた ウヘヘ
今日は三線サークルにおじゃまして、三線の演奏体験をさせてもらいました。
沖縄と言えば三線。
沖縄から帰ってきてから興味がわいて、近くの教室やサークルを探してみました。
大阪にはけっこうあるもんですね。 情報はこちら→ 三線教室情報~関西~

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家から一番近そうな場所を選んで、、、
今日お世話になったのは 「和奏伎」さんしんサークル さんです。
行ってみると・・・
会場は小学校の会議室を借りていたんですが、
主催者の人がひとりポツンと座って三線を弾いていました。
ちょっと集まりがよくないんですって(^_^;)

おかげでマンツーマンで教えてもらいました(笑)
絃の押さえ方と、バチの動かし方、楽譜の読み方を教えてもらって
弾いてみる。

思ったより簡単に音が出せました。
沖縄の楽譜は工工四(←クンクンシーと読む)と言って今まで見たこともない記号が並んで
最初は戸惑うけど、覚えてしまえばたぶん大丈夫。
楽譜に沿って音を鳴らしていけば、弾けてしまうようです。
教えて貰いながら「かえるの合唱」と「ちょうちょう」「大きな古時計」をなんとか弾きました。
いろいろ教えてくださってありがとうございました!

楽器好きの僕としては、三線ちょっと欲しいかも(笑)

三線には簡易バージョンのカンカラ三線というのがあって、
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(胴の部分が空き缶を利用して作られているw)
これは安いので買いやすそうだし、とりあえず練習用に買ってみようかな?
今日は最高の気分
なぜなら・・・

朝から仕事に行ったけど、
「もう体力の限界です!」と言って帰ってきたから(爆)

本当に体に力が入らなくって、仕事も出来なかったんだけど、
そう言って帰ってきたら、めっちゃ気分が良くなった☆
自分を取り戻した感じ。

こんなんで気分良くなる自分って・・・
やっぱり性格悪い?(笑)

いや、素直な自分を褒めてあげよう!
いままでよくがむばった☆
今日はもう体が動かなくなったので、休んでノンビリ過ごしてました。
すこし風邪気味なのもあると思うが、
ここ最近の疲れは仕事から来ていることは明白。

仕事に対する意識と言うキーワードで思い起こしてみると、
昔したある決定を思い出した。。。

通っていた高校は2年にあがる時にコース選択で「文系」か「理系」どちらかに決めることになっていた。
それは将来の大学進学のときの進路まで決める重要な決定だったと思う。
僕の興味は理系科目にあったので理系に進むのが妥当だった。

そこへ父親が口をはさんできた。
うちは商売をしていて父親は子供に商売を継がせたいと思っていた。
僕の二人いる兄はそんなもの継ぎたくないと言って自分の道を進んでいたので、
父としたらなんとしても僕に継がせたかったのだろう。

文系に行って大学で経営を学んで会社を継いだら、将来は社長になれる とか
自分もお爺さんのせいで行きたい道に進めなくて、仕方無しに商売を継いだけど
今はそれがとてもよかった とか
やりたいことがあるんだったら、それは趣味でして、仕事は仕事として商売をやりなさい。 とか
商売は家族でするものだから、絶対継がないといけない とか
いったい誰のお陰で食わせてもらってると思ってるんだ。 とか
訳の分からない説得をさんざんされて(苦笑)

僕は
やりたいことは余暇の時間で楽しむことにして、
商売を継ぐために文系に進むこと に決めた。
(そこには仕事は仕事として我慢してすること という意味が含まれていた)

まぁ選択の余地はなかった。
家の中で自分の言うことが通らなかったら、どんなことでもする父親と、
そんな父を「すべてお父さんが正しいです!」という母を持った僕にとっては。

もちろん父は喜んでいましたよ。「お前は偉い奴だ!」って(笑)

その決定がいまも自分の根底に棲息しているようだ。
でも普通に考えたら、
仕事だからと言って我慢しているなんて、他人迷惑なだけで誰の為にもなっていないなぁ。
と 最近思うのですよ。
自分の年齢も考えたら最近ってのが かなりヤバイですけど(笑)
20代半ばまで「父親の言うことを聞かなかったら、家族じゃなくなる」と
疑うことなく信じていた僕にとってはこれでも成長かな・・・と


ちょっと今思ってることを綴ってみた!
この日記は、また消すかもね(笑)
なぜかめっちゃ疲れて余裕がゼロ%になった
こんなときは寝るにかぎる

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おやすみなさい ZZzzzz