病院側の対応は早いもので。
翌日の内に、保乃ちゃんはここの病室を去ってしまった。
保乃ちゃんの今度の病室は手術室に近くて、私の病室からはとても遠かった。
それでも私は、毎日保乃ちゃんの病室に足を運んで、日が暮れるまでずっと保乃ちゃんのそばにいた。
今日もいつもみたいに声をかける。
森「保乃ちゃん、おはよ。」
田「おはよ……うー、眠。」
森「昨日はよく寝れた?」
田「うん、久しぶりにぐっすり寝れた。」
森「そっか。」
こうして他愛もない話をしていると、ここが病院だということを忘れてしまいそうだ。
しかし幸せな時間も長くは続かない。
田「うー、痛い……痛たた……」
森「大丈夫?」
病気が進行してきたのか、以前よりも痛みが増してきたように見える。
田「うう……いたいよぉ、ひぃちゃん…」
森「痛いよね、ごめんね……私が代わってあげられたらいいのに……」
田「そんなこと言わんで……」
森「………」
田「ふぅ……ありがと、もう大丈夫。」
森「……私さ、保乃ちゃんに出会えてよかったよ。」
田「ちょ、何なん急に……照れるやん笑」
森「ねえ、ぎゅーってして……」
横たわっている保乃ちゃんに近づくと、点滴が繋がっていない右手でぎゅっと抱き寄せてくれた。
ぽんぽん、と心地良いリズムが体に響く。
田「……ひぃちゃん…」
ぎゅっと抱きしめられたまま、耳元で囁かれる。
田「保乃も……ひぃちゃんに出会えてよかった。」
森「……ありがと。」
田「あの時……酷いこと言ってごめんな……」
森「え?…ああ、別に気にしてないよ。」
田「保乃な、怖かってん。」
森「え?」
田「ひぃちゃんの人生に足を踏み入れて、振り回すことになるなら……いっそのこと嫌われた方が楽やって思って……でも……」
森「……大丈夫、分かってるから。」
田「……ありがとう…」
心なしか、保乃ちゃんの弱々しい声と共に吐き出される息が荒々しい気がする。
森「保乃、ちゃん?」
田「ああ……もう少し、早く…ひぃちゃんに出会えてたらなぁ……」
思わず顔を上げると、保乃ちゃんはどこか吹っ切れたように微笑みながら涙を流していた。
私は察してしまった。
ずっと目を背けてきたことと向き合うべき時が来たのだと。
森「保乃ちゃん…?痛むんでしょ?ねえ、どこが痛いの?」
田「……痛くないよ…」
森「我慢したらだめだって!先生も言ってたじゃん!」
田「大丈……ゲホッ!ゲホゲホッ!」
荒々しく吐き出された咳には血が混ざっていた。
痛みで意識も朦朧としているのか、目の焦点が合っていない。
ナースコール!
咄嗟にオレンジ色のボタンに手を伸ばそうとしたが、動けなかった。
保乃ちゃんは病人とは思えないほどの力で私を抱きしめていて、離れようと思っても離れられなかった。
それでも精一杯手を伸ばして、ナースコールを押した。
チカチカと点滅し始めるのを確認してから、保乃ちゃんへと視線を戻す。
田「ひぃちゃ、っはぁ……」
森「保乃ちゃん!!起きて!!」
すぐさまパタパタと看護師さんの足音が聞こえてきて、ぱっと看護師さんが顔を覗かせた。
看護師さんの顔色がサッと変わった。
看「た、田村さん!?先生呼んできます!!」
バタバタと遠ざかる足音。
病室には保乃ちゃんの荒い息遣いだけが響く。
固く握りしめた保乃ちゃんの手は、驚くほど冷たかった。
田「ひぃちゃん、ごめんなぁ……」
森「え、?」
田「ひぃちゃんのこと……独りぼっちにさせちゃう……」
森「保乃ちゃんが…っ、いるじゃん!!」
田「……ああ、そやったなぁ……笑」
森「ねえ、独りにしないでよっ、…!」
田「ふふ……ずっとそばにおるよ……ずっと……」
森「保乃ちゃん!!」
医「森田さん、離れてください。」
田「せんせ、い……このままでいい……お願いします……」
森「やだ!!ねえ、保乃ちゃん!!」
医「……森田さん、田村さんの言う通りにしましょう。恐らくもう……」
先生の言葉が続くことはなかった。
看護師さんに助けを求めるように視線を投げかけても、ふるふると首を振るだけだ。
田「先生……看護師さんも……ありがとう…ございます……」
森「ねえ保乃ちゃん!寝たらだめだって!!」
田「ひぃちゃん……大丈夫やって…」
森「大丈夫じゃ、ないよ……っ」
田「ふふ、ひぃちゃん………」
保乃ちゃんの体の震えは大きくなっていって、呼吸も荒い。
傍に置かれた機械の警告音が病室に鳴り響く。
一瞬、辺りが静かになったような気がした。
森「ほの、ちゃん……?」
田「〜〜〜っはぁ!!危な……寝るとこだった……」
森「ばか!!びっくりさせないでよもう!!」
田「へへ……なあひぃちゃん。」
森「なに、?」
田「保乃、ひぃちゃんのことが……大好きやで………もっと、色んなことしたかったなぁ、っ……」
森「しよう、しようよ!!だから起き」
田「……ひぃちゃん…………あい、してる……」
森「…………保乃ちゃん?」
ピー ピー ピー ピー ピー
保乃ちゃんの右手に、さっきまでの力強さは感じられなくなっていた。
保乃ちゃんはあんなに苦しんでいたとは思えないほど、穏やかな表情をしていた。
今にも泣き喚いてしまいそうだったけれど
何となく、まだ保乃ちゃんは起きているような気がして。
最後にもう1度だけ、彼女をぎゅっと抱きしめた。
森「………愛してるよ、保乃ちゃん…」
「保乃、ずっとひぃちゃんのそばにおるからな!」
森「え、?」
" やから……幸せになってな…… "
「……保乃ちゃんって抱きしめるの好きだよね……笑」
「ひぃちゃんだってそうやん笑」
「……ねえ、保乃ちゃん。」
「ん?」
「大好きだよ。」
「………ふふ、保乃も。」
――――――――――
いつか癌がなくなる日は来るんでしょうかね……
おしまい。