超久しぶりにブログ書きます。まじ部活が超荒れててうちも荒れててこの夏は忙しかったしキツかったです。







さてさて。
こないだ生まれて初めて合コンした。
相手は社会人。こっちは大学生。
色々マイナス要素があったわりには結構楽しかったので、次は最善を尽くしてもっと楽しめるようにしたい。






ちなみに次の日はその中の1人の買い物に付き合いました。
なんつうか、話しやすいし結構盛り上がるし楽しいんだけど、正直まぁ別にかっこよくないし、損は無いけどすげー得してるわけでもなく。
要はうちとしてはまじで『暇だからいいよ』っていうテンションでOKして、正直暇つぶし感覚で。
まぁ相手もそうなんだろうけどね。
だから疲れる。未来がある関係性とは思えない。その場しのぎなかんじ。






なんでこの人じゃだめなのかって考えたときに、考えないようにしてたけどかっこよくないからなのかなーとか思ったけど、実はそうじゃないって気付いた。






単純にうちは少し悪い男が好きなんだ。






その人ね、いい人キャラなんだよね。 こっちが責められない、いい人オーラを放っているんだよ。

だから例えばその人を責めたいときに私は引いてしまう。ネタにもできない。リアルな痛い失敗になってしまう。

だからどこか冷めちゃうというか、温度が上がらない。


しかし今日今度夕飯を食べに行く約束をしてしまった叫び


うちの欠点として非常に流されやすいということが言えるよね。


断るのへたくそです。


まぁご飯断れなかったのは今後もこうしてご飯おごってくれるんなら関係切るのも勿体ないなっていうずるい計算があったのも事実です。

さらにずるいことにご飯おごってくれないなら要らないし、それ以上の関係は期待していません。だからもしも付き合ってと言われても目に見えぬスピードで即行で断ります。


すみませんしょぼん


















さてさて、ブログ書かない間に、一年ちょい前に別れた元彼から連絡があって、電話したり、会ったりしまして、またまた今週末ご飯食べに行きます。

もしも付き合ってと言われたらとりあえず落ち着けって言います。冷静に考えさせます。


あんな辛い思いをするのはもう嫌だ!!






















さてさて、ブログを書かない間に、うちの大学の部活での友達であるHさんの元彼Tくんと仲良くなりまして、メールしたり、ご飯食べに行ったりしてます。


しかしイマイチT君との関係性がわからない。

向こうからメール来るからメールするけど、たぶんうちに興味あるからとかじゃなくて、誰かとメールしたいなって思ったときにたまたまうちが選択肢として挙がっただけっぽい。

ご飯に誘われたけど、焼肉だし、そのあとも飲みに誘われたけどたまたま行けなかったから断ったし、ご飯食べたときもそのあと何もなかったし、他の男の存在をにおわせても焦り見せなかったし。きっとただ単純に誰かとご飯食べたかったんだろうなって思う。


つまりT君が何をしたいのかがさっぱりわからない。


告られるわけでもないし、そういう雰囲気も感じないし。付き合いたいわけじゃないんだなと。


だから距離の取り方がわからない。

がっつり友達として仲を深めようって感じでもないし、恋人同士になろうって感じもないし。

しいて言うならメル友かなぁ。

























つまり、ここ最近男の人と食事する機会が結構あるんだけど、ご飯おごってもらって楽しく食事するだけ。付き合うとか恋愛に発展しない。別にうちも発展させる気はないんだけど。


なんか安いキャバ嬢みたいな気分。


疲れた男の人たちに女と食事をするということで元気になってもらう、うちが笑って楽しそうにしていることで満足してもらう、うちとの食事で男としてのプライドを満たす、そういう職業の気分。


もはや食事代以外にもお小遣いもらってもいいような気さえしてくる。


なんなんだろ、最近の自分。

うちが悪いのかなあ。うちの冷めたスタンス、可愛げのない冷静なスタンスがこういう状況を生んでいるのだろうか。


















長い間うちの課題として「うちは誰かを好きになれるのか」という問題がある。

だれかに心底惚れたい。そう思うんだけど、いざとなれば傷つくのが恐くて臆病になったり、失敗するのが恐いから理想にこだわり過ぎて些細なことで冷めてしまったり。


結局うちが誰かと付き合うのは「誰かに愛してもらうことで自分を肯定して自分を愛する」ためなのかもしれない。


でも最近は正直一人でいる自分が好き。誰とも付き合わずに一人で凛としている女性であることが好き。


だから特に彼氏というものの必要性を感じなかった。

だから今メッシーくんには恵まれている。その状況に不満はない。めんどくさくなくていい。


ただ、この淡白な関係ばかりの状況に多少不安はある。


人から見て、客観的な自分の価値ってなんだろう?


でもまぁ、正直うちは自己完結してるから、結局今の自分が結構好きだし、これに付いてこれない人は要らない。

というくらい上から目線なスタンス。

だから正直世の中の人がどうしてカップルになりたがるのか、恋人を欲しがるのかわからないんだけど、そしてどうしても歪んだ見方をしてしまうんだけど、ともかく最近筋の通った心の強い健全な愛のある男性が周りにいないから、そういう男性がいたら心底惚れるんだろうな~と思いながら日々出会いを待っています。

恋人に甘えたり、なれ合いの関係にはなりたくないな。お互い自立した、尊重し合える、そして生産的に支えあえる関係になりたい。


そんな日は一体いつ来るんだろう~??

やっぱりなんだかんだ更新できないですね。。。笑


こんばんは。


最近は就活と部活とバイトをしていました。


わりと忙しかったです。









さて、早速今日の話題に入ります。


今日(昨日か)昼ドラ「安宅家の人々」を見ていました。


その中で、主人公の義理の妹の父親が自殺しようとする場面がありました。


林の中で、木にひもをしばって、首を吊ろうとしていたところを、偶然主人公たちが見つける、というシーン。


このときうちはバイトから家に帰ってきたばかりで、全然テレビ見るモードではなくて、ただなんとなくテレビつけて、なんとなく視界に入れてたくらいのスタンスだったんです。


が、そのシーンを見た瞬間、涙がじわーっとあふれてきて、嗚咽をあげて泣いてしまいました。











というのも、わたしの父方の伯父が、わたしが中二のときに、首つり自殺をしたんです。


いきなりブラックな話題ですいませんあせる


あの日のことは忘れられません。


もうすぐ新学期が始まる8月の末、ある朝、父の実家から電話がかかってきた。


鬱の療養のために実家に帰省していた伯父さんがいなくなった、姿が見えない、かれこれ2時間くらいあちこち探し回っているけど見つからない、と。祖父にはいなくなったことはまだ伝えていない、大騒ぎになるから、と。


とにかく緊急事態だから父の実家に急いで行くことに。


そのあとまたすぐに電話がかかってきた。


結局祖父に言ったら、祖父が一目散にある場所に向かったらしい。そしたら、祖父の悲鳴が聞こえたんだと。


そう、伯父さんが首を吊っていたのを祖父が発見してしまったんです。


その場所は伯父さんのお気に入りの場所だったらしい。


小さい頃から遊んでいたところで景色もきれいなところらしい。


父の実家は山で、しかも広大な敷地で、自然いっぱいのところなんです。


それで昼ドラのそのシーンがそれとかぶって、伯父さんが死んだときはこんなかんじだったのかなあと思ったら涙が出た。


正直その伯父さんとは特に親交があったわけではなかったんです。家が遠かったので滅多に会えなかったから。


だけど、父からしたら兄弟の中で一番仲の良かった兄弟で、唯一無二の存在だったんですね。


わたしはその日、初めて父親が泣いている姿を見ました。


必死に涙があふれるのを我慢していて、でもそれでも流れてくる涙を拭い続けている姿。


その映像は忘れられない。


あまりにも突然の別れで、目の前で起きていることを誰一人把握できなかった。


親交の少なかったわたしでさえ、信じられなかった。冗談だと本当に思った。


横たわる伯父の遺体を前にして、何度も何度も「みんな冗談だよ」と笑いながら起き上がる姿を想像した。


その場にいた誰もが、伯父が起き上がると思っていたに違いない。


だって、布団で寝ているようにしか見えない。


青白い伯父。動かない伯父。


どうして…


どうして自ら命を…


今、自分が二十歳を過ぎて、大人になりつつある中で、生きる苦しみとかある程度感じるようになって、ますますあの時伯父に何が起きていたのか知りたい。


そんなことを思ったということをとりあえず記録しておきたい。

おひさしぶりです。

パソコンが壊れていたのでずっと更新できませんでした。

これからはなるべく更新していきます。


さて、先週「薔薇のない花屋」の再放送を見て泣きました。

主役を演じている香取君はうちの兄と同い年で、子持ちの主人公を演じている香取君と兄をダブらせて見てしまいました。


わたしと兄はきっと一般的な兄弟と少し違うと思います。

わたしには兄弟という感覚がわかりません。


わたしと兄は年が9つ離れています。

でも年が離れている兄弟がいる人はおそらくたくさんいるでしょうし、わたしの周りだけでもいっぱいいます。

何が少し違うのかって、兄弟間にものすごい溝があるということです。


別に確執、というものではありません。

仲が悪いわけではありません。ただ仲がいいわけでもありません。

お互いに関心がありません。身内だとか家族だとか、そういう感覚がありません。


わたしと兄が今にたどり着くまでを思い出してみよう。


わたしが保育園の時、よくある兄弟のように、わたしが兄のゲームに触ろうとすると兄ちゃんはいつも怒って、一緒にゲームさせてもらえなかったなー。よく喧嘩したなー。でもお兄ちゃんにくっついてお兄ちゃんの友達とかよく一緒に遊んでもらったなー。


小学校にあがって、兄は高校生になって、生活のペースが全然違うし会うことが、ほとんどなくなった。

小3のとき、兄に彼女ができて、家に連れてきた。

ずっとお姉ちゃんがほしかったわたしは遊んでほしくて、母が仲介してくれて、彼女は遊んでくれた。

それ以降も服をくれたり、手紙交換したり、仲良くさせてもらった。

デートに2回ついていったこともある。楽寿園とファミリーランド。

三人でプリクラ撮ったこともあったなー。

でも兄とどうコミュニケーションとっていたか憶えてない。彼女と話した記憶はあるんだけど。


中1のとき、兄が約5年付き合っていたその彼女とついに結婚。そして甥っ子が生まれた。

子供好きなわたしは甥っ子がかわいくて仕方がなかった。両親にとっても初孫でかわいかったに違いない。

でも、関われなかった。甥っ子とは満足に遊べなかった。ガードが固くて。

中2のとき、夏休みに伯父さんが亡くなって、そのとき兄たちにお世話になった。

でもやっぱり兄と話した記憶がない。なぜだか。義姉とはあるのに。


高1のとき、もう一人の甥っ子が生まれた。

でもだれも近付けなかった。かわいかったのにかわいがれなかった。

高2のとき?かな、兄がDVで嫁ともめたらしい。実際は知らない。事実はわからない。

高3の18歳の誕生日、義姉がうちに来て、離婚したいと言ってきた。

センター前の時期に我が家は落ち着かなくなった。

兄が実家に戻ってきた。

もうずっと一緒に住んでなかっただけでなくコミュニケーションもまともにとってないし、どうしたらいいかわからなかった。


ずっとひとりっ子として育っていたのに、急に同居人ができた。しかも重病の同居人。

突然すぎてどうコミュニケーションとっていいかわからなかった。

突然兄のように振る舞う兄にどう関わっていいかわからなかった。

すごい気を使うし、ものすごい遠慮があった。

急に兄弟っていわれても…もうわたしは一人っ子って割り切って生きていたのに…


浪人してた一年はほんと久しぶりに一緒に生活して、本当に久しぶりに一緒にゲームしたり、出かけたこともあった。

でも、やっぱり突然すぎて。どう振舞ったらいいのかわからなかった。どう絡んだらいいのかわからなかった。

あ、ある日兄と母がすごい喧嘩をしたときがあった。それはもうひどい喧嘩を。でもわたしは関わりたくなかった。だから誰のフォローもしなかった。面倒なことに巻き込まれたくなかった。冷たい人間だ。


大学入って別々に暮らして、実家で兄と両親が3人で暮らすことになって少し不安を覚えた。

うちの家族はどうなるんだろーって。

うちが実家に帰っても兄とは話さない。ただいま、とか久しぶり、も言わない。

大学の話とか近況報告とかもしない。


うちはそんなかんじの兄弟。


なんだけど、薔薇のない花屋を見て、

兄が今何を見て、何を目的とし、何を楽しみとし、何に生きがいを感じ、そしていったいどこへ向かっているのか。そんなことを考えたら涙がとめどなく流れた。


離婚して大嫌いな実家に帰ってきた兄。

二人の息子、今はもう9歳と6歳になるけど、とはもう会っていないだろう。

今の兄は孤独すぎる。

そう見える。

この間実家に帰ったとき、兄が電話しているのが聞こえてきたんだけど、キャラが全然違った。

外で無理をしているのかどうかはわからない。

でもこの世に誰か一人でも兄のことを理解してくれている人、兄を休ませてくれる人、兄が無理をしなくてもいい人、兄をほっとさせてくれるような人、そういう人がいるのだろうか。

そんなこと全く知ったこっちゃないけれど、薔薇のない花屋を見て泣かずにはいられなかった。

こんなはずじゃなかった。

今の兄の生活はこの言葉がぴったりな気がする。

今兄は幸せなんだろうか。

知らないし、知る術もないけど。


今のうちと兄の距離が縮むことはないと思う。この先もこんなスタンスなんだろうと思う。もう手遅れだ。

今まで一人っ子とかいって兄のことを兄だと思ったことなかったけど、初めて兄のことを心配して、兄の幸せを願った日でした。