前回は元カレとの話を書きましたが、今回は合コンについて論じます。






うちは最近になって合コンに参加し始め、昔ブログに書いた合コンのあと、さらに二回合コンしました。

その片方は早大生。もう片方は社会人です。

率直な感想としてはどちらもハズレでした。

合コンは出会いの場かもしれませんが、でもうちにとっては社会勉強の場です。

初対面の人といかにコミュニケーションをとるか。その能力を発揮、成長させる場です。

だから、たとえハズレであっても最後までがんばります。空気を読みます。どんなについていけなくても、ドン引きしてても、どうにか合わせます。それも能力です。

しかし、そんな合コンは楽しくない上に疲れます。そして時間の無駄であり、非生産的です。そう思うとイライラするので極力考えないようにします。でも事実です。

楽しいといいんですけどね。シチュエーションも悪いのかもしれませんが、もっと楽しみたいです。

うちは合コンとか飲み会でしかはしゃげない人を見ると引いてしまいます。そのためうちは飲み会を楽しめないし、お酒も楽しめず、全く酔えません。なんかお酒以外で楽しめない人生なのかと思うと悲しくなってしまいます。









そんなこんなで、早大生との合コンで知り合った人とサシで二回飲みました。恋愛的にはハズレの合コンだったけど友達はゲットできて。その人は幹事だったんですが、うちがまともにしゃべれそうなのは彼だけだったんです。

そんでサシで飲んで、普通に楽しかったんです。

だけど、二回目に飲んだときに告られてしまいました。

うちは完全に友達だと思っててそういう意味で信頼していました。

でもその友情がある意味裏切られたんです。

今までにもこういう経験はあって、うちに気がないだろうと思って安心してたら実は…って展開で、よほど失いたくない友達とは付き合いました。その人とは結果長続きして、別れた今でもよき理解者です。

でも現時点ではそこまで深い関係ではないけどこれから親密になれそうってくらいの関係で告られると、いきなり未来が無くなるかんじというか。これからの関係性を経たれるわけです。

結構辛くないですか?自分は振る立場なのに。

じゃあ付き合えってかんじですけどそれは無理なんです。

なんで告っちゃうんだろ…なんでこのままの関係じゃ満足できないんだろ…ってかんじです。不思議です。







みなさんは告られてつらかったことはありますか?

部活が終わった!!

卒論が終わった!!

あらゆるものから着々と解放されつつありますDASH!

残るは、授業に出て、単位もらって、無事大学を卒業するのみだ(・∀・)


ということでこれからはブログを激しく更新していきますアメーバ











最近の男関係について書いてなかったので、今日はそのことについて書こうと思います。












ほぼちょうど二年前ある男性と親密になり、付き合い始めました。

彼は二歳年上で、当時私は大学二年、彼は大学四年でした。

付き合っていくうちに、彼は社会人になりました。

環境が変わってしまったためにすれ違うようになり、別れました。


その辺のことは結構ブログで書いていたので端折ります。


去年もそうだったけど、この時期になるとその人のこと思い出します。

バイトで知り合った人で、その人はバイト先の上のマンションに住んでて、うちはそこに結構居候してたんです。

そのせいで、いまだにバイト行くと思い出すし、特にこの季節になると、この季節のにおいとか気温とかがリンクしてきて、どうしても思い出さずにはいられなくなるんです。


楽しいこともあったけど、苦い思い出の方が多くて、うちはその彼のことを結構恨んでいた。

去年一年はその彼に対しての怒りがずっとたまっていた。


しかし、今年の夏、なぜか彼は突然うちにコンタクトを取ってきた。

電話かかってきて、何かと思ったら、他愛もない世間話をして。

また電話かかってきて何かと思ったら、恋愛相談に乗って、別れた元カノの傷をなぜかうちが癒して。

メールが来て、何かと思ったら、うちに来るって言い出して。


うちにあんだけひどいことしといて、今更どういう神経してんだプンプン

絶対許さない、と思ったけど流されてしまった。でも絶対仕返ししてやるって思った。


でもどうしても拒否することができなかった。


まだ好きだから、かと思ったけど、別れたのは自分の中に相手への愛が無いことに気付いてしまったからなのにそれはおかしいと思った。現に愛してない。


もちろんうちがもともと流されやすいのは事実だ。


でもなんでだろう。


そして気付いた。


たぶん前に欲しくても手に入れられなかったものが手に入りそうな気がしたから。


好きとか嫌いとかそういう問題ではなくて、満たされなかった部分が満たされていくような錯覚をしてしまったから。


別に好きじゃないし、愛なんかないし、ましてや恨んでるし、彼のことなんかどうでもいい。彼がどれだけ病んでいようが、悩んでいようが、どうでもいい。でも頼られたら拒めないからついつい受け入れてしまった。自分の弱さのせいだ。


はじめはそうだったけど、何度も何度も会う回数が増えていくうちに情がわいてしまった。


体だけのドライな関係。都合のいい関係。

それは私が求めたものだけど、でもあまりにも虚しい。

楽なんだけど、虚しい。


うちは愛人キャラだ。

うちが今誰か一人に縛られたくないせいもあるけど、とはいえ、誰かの一番になる、愛される権利もあるはずだ。

なぜ愛人ポジションにつく確率が高いんだろう…


非常に将来が心配である。


うちの一番のポジションに誰かがつく日が来るのだろうか。

そしてその人の一番のポジションにうちがつくことができるのだろうか。

友達というものについて考えたことはなくはないだろうけど、大体は現状に対する不満とか、友達からもたらされるものとか、友達個人の生き方を考えたりとか、なんか思考の中心に自分という芯がしっかりあった。

自分の思考は絶対であり、自分の正当性は誰にも邪魔しえないと思って行動してた。

でも誰かと意見が対立することは予測できていて、そういう場合は議論して絶対勝つ自信があった。

それほど自分は正しいと思うのは、自分は客観的に、現実を直視して、シビアにシュールレアルなスタンスをとっているつもりだからだ。

だから議論したかったらかかってこいパンチ!って思っていた。











だけど最近二回「怒られた」。

一回はバイトの後輩、もう一回は友達の元カレ。

正直「怒られる」っていう反応は予想外でした。

大学生にもなると個人を尊重して、というと響きがいいけど、他人に干渉しなくなるように感じていた。薄い付き合い方というか、深く関わらない距離の取り方。

たぶんめんどくさいことが嫌なんだろうね。無意識的に損得を計算してる。損したくない、損も得も無いなら興味ない、みたいな。

うち自身がそうだった。自分が中心で自分のことばかり考えていて、他人は他人の人生なんだから好きにすればいい、うちがとやかく言うことじゃない、出しゃばるとこじゃない。そういうスタンスで関わってきた。

周りもうちは一癖ある性格だから、大体はうちの人生に口出ししないし、受け入れてくれた。

だけど2人は違った。

あえてめんどくさい方を選んだ。うちがどう生きようが、特に損も得もしないのに、おのれの損得を抜きにして、純粋にうちのことを考えて注意してくれた。

その気持ちをすごく有り難く思ったし、大切にしたいと思った。

よく考えてみたら、うちの周りの友達は割とうちに怒ってくれる人が多い。本当にうちのことを心配してくれる友達がいる。その状況に気付いて、自分は恵まれているなーと思った。うちには本当の友達がいると思ったら、1人で生きていくとか、1人でがんばるとか、それが世の中だと思ってたけど、世の中そんな捨てたもんじゃないって思った。悲観的になるのはやめようと思った。

友達からパワーもらったから早速そのエネルギーを行動に移そうと思います。その内容についてはまた後日。