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僕たちが恋をする理由

自分探し、してます。


5,6日で国立音大音楽学の合宿に参加させて頂きました!


行先は箱根。


箱根に行くのは初めてで、神奈川県にこんな自然があったとは、という感じでした。



箱根湯本までは電車で向かったのですが、とにかく長かった・・・・・!


新百合ヶ丘から小田原に行くまでが一番長い。


夏休みの帰省は久しぶりに鈍行で帰ろうとしていましたが、迷ってます・・・



湯本についてから、旅館までは山道を箱根登山バスで上りました。


これがくねくねとしていて気持ちが悪かった・・・。


片道700円以上してぼったくりだと皆で嘆いていましたが、


あのくねくね道を一日に何度も往復しなければいけない運転手さんのことを考えたら


それくらいの付加価値があってもおかしくないなあと思い直すのでした(笑)



旅館はとってもいいところでした。


お宿泊費は例年に比べ値が張ったらしいのですが、だからこそ大満足でした。


旅館ではコンサート、お夕食、花火、ディスカッション、飲み会といったスケジュール。


広間の使用時間が24時まででしたので、その後は各自お部屋に戻って


とはいえ続々と一つの部屋に先生と学生たちが集まり始めて飲み会続行(笑)


先生方と朝まで音楽について語り合って、貴重な機会でした。



合宿は2日目の朝食後で終了しまして、そこからは観光しようということになり


星の王子さまミュージアムに行ってまいりました!


ずっと行ってみたかった場所なので、とっても楽しかったです。



ただしあの山道を2日間合わせて2回も往復することになり、


前日の2日酔いも加わって耐えがたい気持ち悪さを味わうことになったのでした・・・。



それにしてもあの山道、豊川稲荷へ向かう湖西の山道にそっくり。



今回は星の王子さまミュージアムへ行く時間しかとれませんでしたが


箱根。是非また行ってみたい場所です。良い夏の思い出になりました。



次に行くときには車で行くのが賢い選択かもしれません。




今日から箱根合宿です。

そういうわけで宿題はお休みします。

取り急ぎ報告まで。



iPhoneからの投稿

「納豆の日々」


私は子供の頃納豆が大好物であった。


特にしそダレ入りのやつは最高で、


冷蔵庫にその類が見当たらない場合は、「なんでしそ入りじゃいないの」と半ば抗議ものだった。



納豆はイイ。


ねばねばしているあの食感や、舌に絶妙な満足感を与えるタレの味、何より非常にご飯がススム。


しかも体にイイとされているのだから、欲望のままに食べても何の問題もないものだ。


かといって効果とか効能とか細かいことを知ろうという気はさらさらおきない。


世間一般的には納豆は体にイイとされているという、その事実だけで十分健康的なのだ。


食べたくなったら食べて、食べたくなければそれで良し。納豆とはそういうものである。



納豆とは一般的にはどのように保存されるものなのだろうか。


人数の多い我が家では納豆を冷蔵庫に保存する、という文化は存在しない。


彼らはまとめて仕入れられ、まもなく冷凍庫に保存されるにも関わらず、


次の日にはあっという間に家族の胃袋へと消費される運命にある。


そんなに早く消費するのなら、冷凍庫に保存する意味などないのでは、と思うであろう。



ではなぜ我が家ではそのようなシキタリが存在するのだろうか。


冷凍保存される要因として考えられるのは、納豆がうちでは保存食扱いであるということだ。


彼らには家族に必要とされる時期と煙たがられる時期が不定期でやってくる。


つまりあっという間に消費されることもあれば、1週間以上存在を忘れられているということもあるのだ。


しかも彼らはその匂いの臭さや食べるまでの準備行程の手間により一部からは嫌われる始末だ。


まあそのようなわけで、我が家では納豆は迷わず冷凍庫へ葬られていくというわけだ。




小学生の頃、友達から納豆を食パンに乗せて食べるとおいしいという情報を手に入れた。


納豆と食パンを組み合わせるとは、和と洋の折衷ではないか。考えたこともなかった。


その界隈ではかなり有名な話だったのかもしれないが、当時の私に大きな衝撃を与えたのだった。


私は早速次の日、「食パンの納豆乗せ」の実践に試みた。


家族にこいつは朝からまた変なことをしているというような視線を送られる中、考えていた。


納豆は、白米の粒に絡まるからこそねばねばが緩和されて舌に馴染むというのに


果たしてこの食パンなんかにそんなことができるのか。


もしくはもっと納豆の良さを引き立てられるミラクルな技を身に着けているというのか。


その時の私の心境はまさに期待と不安に満ちているというような感じであった。


ところが納豆と食パンの準備がそろったところで私はハッとした。


いつどのタイミングで納豆を乗せるのかを確認し忘れていたのだ。


食パンは焼く時に納豆も一緒に焼くのであろうか。それとも焼いた食パンに乗せるのか。


はたまたパンも納豆も焼かずにダイレクトに食べるのか・・・・・・・・。



私は考えに考えた末、焼いた食パンに納豆を乗せるという道を選択した。


4分後、焼いた食パンの上にセッティングされた納豆を目の前にして私は息を飲んだ。


ついにこの時がきたか。などと思ったかどうかは別に覚えてはいないが意を決してかぶりついた。


始めは納豆の味が口内を支配してきた。


そして次の瞬間、食パンのサクッという音とともに納豆と小麦の口内パレードが沸き起こった。


簡単に言ってしまえば美味しい、すごく美味しい。めちゃくちゃ合う、といった感じだ。


というわけで私はあっという間に一人前の納豆パンをたいらげた。


完全にやられた。白米ともいい勝負である。納豆パンには心からの敬意を表したい。





それからというもの、納豆パンは我が家では良く見る光景となった。


ただしそれを実践しているのは私一人だけである。


試しに家族数名に納豆パンの良さを力説し進めてみたものの、誰からも支持は得られなかった。