「大家さんちのネコ」
以前にこの場で取り上げたこともあるが、お向かいに住む大家さんの家には飼い猫がいる。
ネコには詳しくないから種類は分からない。オスなのかメスなのかも分からない。
キャラメル色の入った良くいるフツウの感じのネコだ。
ネコは自由で気まぐれな性格と良く言われるが、あれほど自由なヤツを私は今まで見たことがない。
ヤツはマンションの駐車場で一番に背の高い車のボンネットから、いつも下の世界を見下ろしている。
殿様気取りなのか、自分のテリトリーを守っているのか、ヤツのしたいことは定かではないが
ねっとりとした視線を道行く人間たちに向けるあの風貌はまるで主(ヌシ)といった感じだ。
主(ヌシ)はいつも駐車場にいる。
定位置はいつも停まっているトラックのボンネット。
なぜあの場所にいるのかは分からないが、どうやら一番お気に入りの場所のようだ。
私が学校やバイトから帰ってくるときは主は必ずそこにおり
部屋に入るまでじっとりと舐めるように視線だけをずらして送ってくるのだ。
たまに車の下に入り込んで仰向けに寝転がっている時でもその行為は決して怠らない。
車のバンパーの上に乗ってセクシーポーズを見せつけてきたこともある。
この主、1年くらい前まではもう少し可愛げのあるヤツだったのだ。
帰ってくると必ずと言っていいほど近くに寄ってきて、部屋の前まで着いてくる。
すると玄関ドアを「早く開けろ」と言わんばかりに立ってガリガリと引っ掻きだすのだ。
うっかりそのまま開けようもんなら家の中にひゅるりと侵入されてしまう。
慣れてくると帰ってきた人を見てその人の部屋の前に先回りするという頭のいいヤツだった。
その日、いつものように主が玄関に先回りしたのを見て「またか...」とため息をついた。
そして玄関まで行くと、慣れた手付きで主を交わして部屋の中へと入った。
家の中に入ったらまず最初に窓を開けたい私は、いつものように部屋のカーテンを開けた。
その瞬間、あの主がバルコニーの真中にどすっと構えて座っているではないか。
しかも待っていたという感じでこちらを見て行儀よく構えているのだ。
私は思わず「うわっ」と声を上げた。
だが、その流れは可愛いというよりもむしろゾッとした。
玄関と反対側にあるバルコニーまでの距離や私の部屋のバルコニーを迷わず選んだたこと。
こちらをじっと見つめる主を見下ろして硬直しながら、いろんな不思議な点が脳裏をよぎった。
その後とりあえず気を取り直して窓を開けてみたものの、主が網戸をガリガリとし始めるので
しかたなく窓を閉めてエアコンのスイッチを入れた。主はずっとこちらを見ている。
なんとなく可哀そうなのでカーテンは開けておいてやるも、主はいつまでたってもそこから動こうとしない。
あまりに動く気配がなく不気味であったので、私はとうとうカーテンを閉めた。
パソコンを開いてしばらく画面に目をやっていると、しばらくして主は鳴き出した。
「にゃーお、にゃーお」とまるで私を呼んでいるかのよう。
このまま放っておけばいつまでも鳴き続けそうだったので、私はカーテンを再び開けてやった。
主は私の顔を見るなり窓をカリカリカリカリ爪で引っ掻きだした。
一体なんの目的があるというのだろうか。主とはいえネコのくせにしつこすぎないか。
私に懐いているのか、はたまた恨みでもあるのか。
主はその後しばらく引っ掻くことをやめなかったが、
私があまりにも無視を貫くことに徹したためとうとう諦めて帰っていった。
それから主はバルコニーにこそ現れなくなったが、玄関までついてくることも少なくなった。
今ではトラックの上からただ見下ろしているだけだ。
私が帰ってくると主は「なあ」と一言だけ鳴く。でもそこからは決して動かないのだ。
時々「なあ~」と真似してやると、「なあ」とまた返してくるのが面白くて何度かやり取りをしている。