僕たちが恋をする理由 -2ページ目

僕たちが恋をする理由

自分探し、してます。

人生は、千差万別だ


人はそれぞれに違う人生をもっている


たとえ同じ時間を生きていたとしても

誰一人として同じことはない

みんな必死で息をして、もがいている


時々おもう

私はなぜこの人生だったんだろう

みんなはどんな人生だったんだろう


自分はいつも二人いる

その二人はわかれみちで必ず会う

その時、私はもう一人の自分に問う


そっちの人生にしたら

どんないいことがある?

だけど、もう一人の自分も

私に同じことを聞いてくるのだ


人生は、みんな後悔だらけだ

あの時こうしておけば

私たちはそんな贅沢なことを考える


自分はいつも二人いて

どちらを選んでも

やらなかった方の自分は後悔するのだ


だとしたら

どんな人生でもいいと思う


ただ、やりたいと思うことを

今精一杯やればいいと思う



そうしていつか

もう一人の自分と折り合うときが

人生で一番幸せな日になるように






ぼくは かたちのない いのち


だれの手にもつかまることはないのさ


きみは?



ぼくは いのちをみちびく めぐみ


みどりが 明日も うるおうように


きみは?



ぼくは かぜにゆられる みどり


みんなの しあわせを 守っている


きみは?



ぼくは くるくる まわる ダンサーだ


そうして  あしたも まわるのさ


あなたは?



ぼくは あしたを つくりだす


みんな それを しらないけれど


きみは?



ぼくは きょうを すてきにする


それをくれるのは きみだったんだね



みんな しあわせを ねがってる


そうして せかいが なりたっているのさ



「帰ってきたリモコン」

この記事は、「消えたリモコン」をご覧の上お読み頂くことをおすすめ致します。




そのタイトル通り、”あの”リモコンが帰ってきた。


それは先月両親が東京にやって来た時のことだった。


散らかり放題の部屋に両親を残していた私は、いつもより若干早い足取りで帰宅した。


部屋に入るや否や「おかえり、あったよー」という母の気の抜けた声と共に差し出されたリモコン。


見れば、私がここ数か月ずっと探し続けていたリモコンじゃないか。私は目を見開いた。


突然現れたそれに不信感を抱きつつ、どこにあったのかを母にひたすら問い詰める。


「ベットの下にあったよ、アンタはバカだねえ」またもや母は気の抜けた声で言った。


なんてこった。


さりげなく小馬鹿にされたことなど正直どうでも良いのだ。


重要なことは、母が見つけたというその場所は絶対に探したところなのだ。自信を持って言える。


彼はやはりベットの下から澄ました顔で現れたのだ。


疲れも十分癒えた頃に、「出て行ってやるか」という具合に出てきたのだ。


しかも直接ではなく両親というワンクッションを置いて登場するところがまた可愛げがない。



とはいえ晴れてリモコンは戻ってきたので一件落着、万々歳である。


リモコン紛失事件は、「失くしたものはしばらくすると出てくる」という私のハッタリを実証し幕を閉じた。