僕たちが恋をする理由 -5ページ目

僕たちが恋をする理由

自分探し、してます。

「ベットの魔法」


5ヶ月ほど前、我が家に新しいベットがやって来た。


無印良品で購入したそれは、木製のダークブラウンというルックスに、収納用の引き出し付きタイプ。


どうせなら、と買い替えたマットレスと一緒にニューベットは所定の位置に設置された。


なぜ2年も経たないうちにベットを買い替えることになったのか、それには実は深い訳がある。


私だって「もってけドロボー」的なノリで旧ベットを手放したわけでもお金を出したわけでもない。



一人暮らしを始めてから、妙に寝つきが悪く感じるようになった私は、少し違和感を覚えていた。


朝もスッキリ起きられなくなって、毎日全身に倦怠感をまとうようになって行き


朝起きられないのも1限に間に合わないのも全部倦怠感のせいにすることにした。


どうしてこんなに寝た後に疲れなければならないのか。


人間は1日の疲れを取るために寝るのであって寝ている間に疲れていては元も子もない。


最初に疑ったのは枕だった。きっと枕の高さが合っていないに違いない。


しかも当時枕として使っていたのは犬の抱き枕かよれよれのクッションという荒業。


こうしてはいられない。早急に新しい枕に変えなければ1限にある講義の単位を落としてしまう。


早速私は帰省したタイミングで母にこのことを必死で訴え低反発枕を手に入れることに成功した。


しかし早く枕を手に入れることだけを考えていた私は、先走って何故か浜松で枕を購入してしまい


スーツケースに折りたたんで圧縮した枕を入れてきたおかげで真ん中に1本線がついてしまった。


なにはともあれ新しい枕になったのだ。これで良質な睡眠が得られるに違いない。


明日からは早起きして午前中を有意義に使う日々が待っているのだ。私は期待に満ちていた。


浜松から帰省した次の日の朝、私の朝は期待通り快適であった。


やっぱり原因は枕だったんだ。ありがとう低反発枕よ。これで私は本来の自分を取り戻しました。


だが、すっかり低反発枕の虜になった私に現実が突き付けられたのは、その2日後のことだった。


またあの倦怠感に襲われ始めたのだ。


なんということだ。枕の効能は3日の命だったというのか・・・・・。


これではまた苦悩の日々に逆戻りである。


枕でなければ一体なんだ。直るどころか悪化し続ける寝起きの悪さに


私は次第に原因はベットにあるのではないか、と今度はベットを疑うようになった。


もともと一人暮らしを始めると同時に買ったベットは木製のハイベットであった。


しかし、私には実家では敷布団の生活を18年間してきたという経歴があった。


これだ!と思った。


18年間敷布団で生活してきた小娘が急にベットで寝ること自体恐れ多い行為だったのだ。


その上ハイベットなんて身分不相応にもほどがある。


それからの私は早速ハイベットではないベット新調計画を目論むようになっていった。




そういうわけでやってきた新しいベット。


この5か月間ですっかり他の家具たちにも馴染んできた。


倦怠感こそ全てなくなったわけではないが、以前より起きた時の疲れが軽減したように感じる。



だが私はまだ満足してはいない。良質な睡眠を得るための模索はこれからも続くのだ。







「消えたリモコン」


誰にでも簡単には直すことのできないクセがある。


物を失くすことは、私の得意技といっても過言ではない。


閉めた鍵を無意識に鞄に放り込んだり、整理したつもりがそれをしまった場所を忘れてしまったり・・・・。


そう。無意識に行動してしまうことが多いのだ。


実際そのせいで痛い目にあったことも今までに何回もある。


反省しては慎重に行動し、忘れた頃に物を失くし、また反省の無限ループ。


この反省しても反省しても直らない、物を失くすということが、私の悪いクセだということは言うまでもない。



今回の被害者は、部屋の照明の付属リモコンだ。


思い当たる場所は全て探して、探して、探し続けて1週間。未だ見つからないリモコン。


しかしなんだって一体、1Rのこのせまい空間の中でなくなるというのだろうか。


そんなに小さなものではないし、どこかにしまった覚えもない。


記憶を巡らしてみても、ベットの枕元にいつものようにセッティングしておいたはずなのに・・・・。


もうこれは、リモコンに足か羽が生えて一人で旅立ってしまったに違いない。


そうでもなければ、今頃何かの間違いで灰と化しているのか。


まったくもって不思議だ。消えたリモコンのせいで、照明の操作が面倒なことに不満が募る。



昔私の実家でも同じようなことがあった。


いつの日からかなくなってしまったテレビのリモコン。


操作を仕方なくビデオのリモコンでしていたけれど、その後見つかることはなかった。


寿命によりテレビを買い替えることになり、新しいテレビと共にリモコンがやってきた。


しかし快適だと思っていたのもつかの間、それはまたもや姿を消した。


そしてまたビデオのリモコンで操作する日々。今はまた新しいテレビになってリモコンも健在である。



どうして彼らは消えたのか。


毎日毎日押されてはおざなりに放置され、埃をかぶることに嫌気が指してしまったのか。


確かに枕の下敷きになっている日もあった。ベットから落ちて電池が吹っ飛ぶこともあった。


接触が悪くて(多分落としたことが原因)叩いたこともあった。


思い当たる節はいくつもあって、もっと大切にしておけば良かったと今更思う。


失くしてからでは遅いのだ。



でも私はまだ希望を捨てたわけではない。


失くしたものは時が立てば意外とひょんなところから現れたりすることを知っているからだ。 


一度探した場所から知らん顔して出てくることだってある。


彼は今は働きたくない時期で、それを無理に連れ戻そうとするのは単なる労力の無駄遣いだ。


気がすんだらきっとまた澄ました顔でベットの下からでも顔を出すに違いない。


だから今はそっとしておくのが一番なのだ。



しかし、リモコン紛失事件が私の周りだけで起こることなのかどうかは、興味深いところだ。



なんにせよ、旅に出たのなら、早急に帰って来て欲しい。










8月1日


夏休みということで。


コース柄、常に何かしら文章を書くクセをつけていた方が良いかと思いましたので


自分への宿題として毎日文章を発信していきたいと思っております。


流し読みでも、暇つぶしでも、どうぞ適当にお付き合いくださいませ。



「じぃじの話」


私の出身地静岡県浜松市では、一般的に祖父は”じぃじ”と称される。


どうやら”じぃじ”は方言ではないようで、首都圏を含めいろいろな場所で使われているようだ。


そんなわけで私にとっての祖父とは、”じぃじ”以外の何者でもない。



82才になる彼は、真面目で非常に温厚でおおらかな性格に


人よりちょっと調子者な要素を兼ね備えたごく普通のおじいさんだ。


だけどこの地球上に彼以上のおじいさんはいないと私は思っている。


これは身内のひいき目なのかもしれない。


しかし、少なくとも私の家族はきっと誰もが彼を偉大な存在として称えている。



姉妹4人、おまけに愛犬3匹もメスという、女だらけの実家は


姉と私の2人が家を空けている今でも6人+犬3匹という賑やかなところだ。


そんな環境であるために、孫が誕生してからというものじぃじは散々振り回され続けている。


生まれた時から祖母がいない私たち孫にとって、じぃじはなんだか特別だった。


何でも買い与えてくれたわけではないし、今より少し若い頃は私たちに大きな声で怒鳴った時もあった。


ただ、思い出せば私たちのこれまでの記憶の中には、至る所に彼の存在が欠かせないのだ。



ガーベラを育てる畑に着いていけば、水が浸った土にどろだらけになりながらお手伝い。


付いて行くメリットは自動販売機でヨ―ビックを買ってもらえることだった。


毎日早起きするじぃじを追いかけて早朝の海に行けば、網にかかった海老すくいの手伝い。


家の裏にある竹やぶでたけのこを掘ったり、家の庭でお米の苗を植えたり


お米の精米について行けば、鶏卵自動販売機で卵を買うのが楽しみだった。


他にも数えきれないほどあるけれど


じぃじに着いて行く場所には楽しいことがたくさんあって、わくわくした。


けれどいつしか興味がなくなって、そんなことよりももっと面白い遊びがあると知った。


当たり前に遊んでいたじぃじとの思い出は、今思えばどれもがキラキラ輝いている。



笑っていいともと水戸黄門を愛し、


穴の空いたパンツを澄ました顔ではき続け、花より男子を見て号泣する。


じぃじを追いかけて遊ぶ日々が終わっても、私たちはじぃじのことが相変わらず大好きで


彼を巡る出来事に毎日笑い、一緒に食卓を囲み、一緒にテレビを見る。



彼がなぜこんなにも私たちの中で偉大な存在なのか。


それは形にできない幸せや愛情を、私たちにいっぱい与えてくれるから。


願わくは、私たちがそれぞれに旅立つその日まで、どうか元気で。