週末に絵を見に行ってきた。


上野にある東京都美術館で12/1まで開催されていた田中一村展だ。



先月に上京予定だった母が絶対見に行きたいと言っていたもの。母は私と違って文化的な人間なので、本を読み、美術館に行くのが好きだ。


私はその話を聞いてふーんと聞き流していたのだが、後で田中一村て誰だっけ?と気になって調べたら、私も見たことのある絵の作者だった。




これは「アダンの海辺」という作品で、展覧会のパンフレットなどで使われている田中一村の代表作のひとつである。この絵を知っていた。


少し前にテレビ東京の「美の巨人たち」で田中一村のことを紹介していて、それを見て展覧会を観に行くことにした。



私は田中一村という画家を知ったばかりだし、今回の展覧会にあたって彼の作品や人生を詳しく紹介しているサイトがたくさんあるので詳細は割愛するが、私はこの人の絵と生き方に惹かれた。


簡単に説明すると、画家の父親のもとに生まれて14歳頃には神童と呼ばれるほど才能のあった人だが、生きている時にその名を知られることはなかったのだとか。


展覧会では神童と呼ばれていた頃の作品から、晩年に奄美大島に移住して創作したものまで多くの作品があり、一言で言うとこの人は天才だと思った。年代によって画風が変わっていき、その表現の幅広さに驚く。どの時も完成度が高い。


中国の墨絵のようなものから、花鳥図などの日本画らしい日本画、「アダンの海辺」のような大胆な構図と色彩の作品まで、同じ人の絵と思えないぐらいに様々な絵がある。基礎がしっかりあって、観察眼、そしてセンスがあるからできることだと思う。


しかしそうして新たな試みをすることで、展覧会に出したものが評価されなかったり、支援者と断絶したりしたらしいが、彼は己の表現を曲げたり止めたりすることはなく貧しくともそれを探究し続けた。


生活のためお客に求められる絵を描いたり、展覧会で評価されるために描くのではなく、ただ「己の良心を納得させるため」に描く。この人はきっと、自分の人生、その命をかけて絵に表現していたのではないかな?常にその時に自分が出来る、自分が思う最高の表現を絵にする。


だから誰かに何か言われても己の思う正解を曲げなかったのだろうし、それゆえに中央画壇とは距離や溝ができて評価されず、稼げなかったのだろう。そもそもこの人はあまりお金に執着がなかったのかもしれない。そうでなければこんな生き方はできない。


これは私が夏にハマっていた漫画「ガラスの仮面」の中で、速水真澄の義父がマヤに対する評価として言った「天才は自分を変えられず、自分の才能のためにしか生きられない」ってのと同じことではないかな。他を圧倒するものすごい才能があるのに、生きることに不器用なタイプのようだ。



↓美内すずえ「ガラスの仮面」より




田中一村の美術学校での同期に東山魁夷がいたそうだが、私個人としては似たり寄ったりな絵が多い東山魁夷よりも、田中一村の作品の方に魅力を感じる。今の世でも高く評価される人ってのは仕事そのものよりも立ち回りが器用ってのは会社などでよくある話よ。田中一村はそれと真逆のタイプと思われる。


彼は50歳を過ぎてから奄美大島に移住し、大島紬の工場で染色工として働いて食い扶持を稼ぎ、庭で野菜を育てて自給自足して作品を創作したのだそうだ。そうして出来上がったのが彼の代表作の数々で、それらは奄美の自然とその熱帯的な湿度まで感じさせるような濃密な絵である。


その前に住んでいた千葉時代の絵とはかなり変わり、奄美の南国らしい自然風景によって新たな表現を得たのがわかる。




これは「不喰芋と蘇轍」という作品

日本画ではなく、西洋絵画のようだ。


彼の代表作の奄美時代の作品はこういうタッチが多い。ずっとこういう絵なのではなく、さまざまな変遷があり苦心の末にここへ辿り着いている。


余す所なく画面いっぱいに描かれた南国の植物の鬱蒼とした濃密さ、緑の中にある鮮やかな花の色が美しい。大胆なようでいて、一つ一つの植物の色かたちが細かに描かれている。私はこの作品が好きだ。


これは田中一村的に「閻魔様への土産物なので売れない」作品なのだそう。そのぐらいに情熱をかけて描いた作品だから、今もこうして人々を魅了させている。


こんな絵を描く人が生涯光を浴びることなく終えたというのが信じられないが、よく考えたらゴッホも似たようなものだし、芸術家あるあるよね。その時代の人よりも先を行きすぎて理解されないが、時代が追いつけば評価される。亡くなった後とはいえ、いつか上野で展覧会を開きたいという彼の夢が叶ってよかった。


奄美大島に田中一村の美術館があるそうだ。彼がインスピレーションを受け、自身の表現の答えにたどり着いたその景色を私も見てみたい。どんな海、どんな空なのか。南国の植物の表現もさることながら、彼の描く空の表現も素晴らしかったから。


絵を見に行って、新たな旅への意欲が湧いた。



↑おそらく50歳前のお姿だが、若々しい。

目に力があってキラキラしているように見える。


ちなみに奄美での普段の制作ではパンツ一丁に足袋だったとか。芸術家だねぇ



とてもよい展覧会だったが、人の多さに辟易した。混雑対策で時間指定予約にして人数制限をしているとあったけど、果たしてその効果はあるのか?というぐらいの人の多さ。


作品数が多く、色紙のような小さな絵も多いため人人人で全然ゆっくり見られない。有名な作品の前は人垣になっている上、陣取って全然動かない人もいる。行ったのが最終日の日曜日だったのが不味かったな…


もやもやが残るのでやっぱりいつか奄美で見たい。