これまでのブログで何回か、自分がターナー女性であることの葛藤について触れてきました。しかし実際の生活においては、自分がターナー女性であることよりも、仕事上の問題や人間関係、および社会への適応について悩むことが多かったように思われます。
学生時代には、私は自分がいる場所に適応することに困難を感じることはありませんでした。もちろん学生というのはお金を払って勉強する身分であり、色々な意味で自由であり気楽です。だから仕事で成果をあげることを求められ、その対価としてお金を貰う社会人とは、厳しさが異なるのは当然です。どんな人でも学生から社会人となった時には、程度に差はあっても適用し難さやストレスを感じるかと思います。
しかし私が社会人となった際に自分が感じたストレスは、一般的なものよりも程度が高かったのではないかと考えています。
その原因の1つは、私の若い頃には女性が働くことがまだ一般的でなかったことにあるかと思います。以前のブログに書きましたように、私が大学卒業後に直ぐに勤務した企業は安定した優良企業ではありましたが、女性が長くいられる環境ではありませんでした。今は女性がずっと仕事をすることは当たり前となりましたが、それでもなお、女性が一人で生活費を稼いで、それで生活することは、ターナーとは関係なく大変であるかと思います。また結婚されている場合でも、仕事と家庭の両立は大変であろうと思います。
でも私が社会に適応するのに人一倍困難を感じた本質的な原因は、私自身の資質(実際には欠点)にあったと考えています。
私はストレス耐性が低く、毎日の仕事で受けるストレスを上手に処理することができませんした。仕事の場面においては当然ながら、上司や先輩からの厳しいご指導を受けることも多くあります。そんな時には誰でもストレスを感じるものですが、私は必要以上に精神にダメージを受けて1週間程も引きずっていました。仕事と関係が無い人間関係全体も同様でした。このような私の欠点の根底には、不安感の強さと自己肯定感の低さがあるのではないかと考えています。自己肯定感の低さは、これまで書いてきたようにターナーと関係しているかもしれません。年齢を重ねて自我が強くなり、昔よりもこのような傾向は減ったものの、今でも自分はストレスに敏感すぎると思っています。
また私は周囲の状況を見て、それに応じて柔軟に対処し、適応する能力にも欠けていたと感じています。私は自分の建てた目標に向かって努力することはできますが、それを周囲の状況と柔軟に擦り合わせることは苦手です。自分の意図としては自分勝手なつもりはなくても、そのような私の資質は、集団の和を乱すものとして受け止められてしまったこともありました。日本は同調圧力が強い社会ですから、「空気を読む」ことが求められますね。
また苦手な人や困った状況を上手にすり抜けて、自分が受けるストレスを回避するという、環境調整の能力にも欠けていたと思います。特に若い頃は周囲に対して正面からぶつかることしかできず、他人や周囲に理解され易いように自己表現することができませんでした。そのような傾向はこの年齢になっても治っていませんが、できるだけ客観的な視点を持つように努力をしています。
また私は要領が悪い質であり、物事を覚えるにも実行するにも、他者よりも時間がかかってしまいます。だから新しいことを教えてもらって一度では覚えられず、何度も聞くことが多いので、周囲に迷惑をかけてしまうことが多くありました。作業も早いとは言えませんので、それをまだやっているの?と思われることも多かったです。周囲から見ると私の能力を疑いたくなったことでしょうね。
加えてその場において瞬間的に物事の判断することも、私は苦手です。そのせいであるかと思いますが、会議や電話などの耳を介したコミュニケーションよりも、メールや文書などの文書を介したコミュニケーンの方が自分のペースで判断できるので得意です。
このような自分の資質を考慮して、比較的に他者とコミュニケーションをとらずに、自分一人でできる現在の仕事を選びました。更に幸いにも私の仕事は大部分は文字を介したコミュニケーションにより行うことができ、自分のペースで進められるので助かっています。
しかしながら、これらの不利な資質が無ければ私は社会や周囲の環境に上手に適応でき、仕事において、もっと成功したのではないかという思いはあります。でも不利な資質も含めて私という人間であるので、そのようなことを考えても仕方のないことだと考えています。
私の身長が低いことや妊孕性の問題は明らかにターナーに由来しますが、上記で述べた私の資質もターナーと関係しているのかしら、と考えることがあります。しかしこのような微妙な人間的な資質とターナーとの関係を明らかにすることはできないでしょうし、もし明らかになったとしても医療で解決することはできないでしょう。ターナー女性の能力・人格の資質は当然ですが個人により全く異なりますが、どこまでターナーに関連しているのか、は難しい問題ですね。
結局は自分の長所を伸ばすことにより、一般的には不利と思われる資質を持っていても、それに負けずに輝けるように努力するのが正解なのかな、と思っています。人間は物事の因果関係をはっきりとさせて安心したい、と願う生物です。これは完全に私見ですが、私がターナー女性であることに理由はないように、多くの物事(良いことも悪いことも)には明確な因果関係はないのではないか、と考えています。この年齢になると、自分の資質の原因を考えても苦しいだけであり、解決に結び付くことは稀であるので、現実的な対処を考える方が早道ではないかと考えるようになりました。
何だか愚痴のような記事になってしまいまい、申し訳ありません。この記事を読んで下さっているターナー女性の方で、私と似たような傾向を感じる方はいらっしゃるのでしょうか。この記事を読まれたご意見を、コメント又はメッセージでお送り頂けたら嬉しいです。
なお独身で仕事をしているという私のライフスタイル上、社会人=仕事というニュアンスで記載しましたが、家庭を持ち家庭に対して責任を果たしている女性も同じであろうと考えます。
本日もこのブログに来てくださりまして、どうもありがとうございました。