前回の記事では私の男性に対する接し方の問題点について書きました。
しかし自分の在り方を良く考えると自分の中に、(対男性のみではなく)対人関係全般について考えるべきことがあるように思いますので、この記事を書いています。
私は小学生時代に背の低さを揶揄されることが多く、その頃から対人関係全般に苦手意識があったように思います。11歳から13歳くらいの頃は、周囲の同年代の子と周囲と身長の差が最も大きかったので、人前に出るのを苦痛に感じていた時期がありました。その年齢になると揶揄されることが嫌というよりは、背が低い自分の姿を見られたくないという気持ちがあったように思います。少々重症だったかもしれません。
15歳位からは次第に身長はキャッチアップしてきたものの、その代わりに女性らしくない体形が気になるようになりました。周囲の皆は段々と女らしく綺麗になって来ているのに、私はそうなれないと考いう思いに悩まされました。
身長や容姿にコンプレックスを抱いていたために、私は自分に自信が持てませんでした。そしてそのような思いは、こんな自分が他人に受け入れられる訳はないという気持ちに繋がり、人間関係全体に臆病になったように思います。いい加減に歳を重ねた現在でも私はそのような気持ちは無くなるということはなく、自分が他人に受け入れられているか、ということに関してかなりナーバスです。
但し歳と共に図々しさも身に着けましたので、若い頃よりもは大分楽になったと思います。またこれまでの社会経験から判ったこともあります。しかしこれはあくまでも私の個人的な考えであり、あなたのお考えと異なっているために不愉快に思われましたらお詫び致します。
どんなに人格ができた人でも全ての他人に好かれて受け入れられることなどあり得なく、自分の人間性や考え方は、ある一定の割合の人にはどうしても拒絶されます。寂しいことですが、全ての人に好意を望むのは無理な話です。
一方自分が考えている程には、他人は実際には自分に関心を持っていません。誰でも孤立して生きていくことは困難でありますが、自分を理解してくれる人の数はそんなに多くある必要は無く、数人の家族や友人がいれば十分なのかもしれません。そのように考えることは、他人に映る自分のイメージを気にしすぎる過剰な自意識を持つ私にとって大きな救いとなりました。
他人を気にしても、結局は自分の個性を受け入れてくれる人とは仲良くできるし、相性が悪い人とは可能な限り距離を取って気にしないようにする、と割り切る他は無いように思います。大人になると人間の基本的な考え方やスタンスは変わりませんから、自分と相いれない人と無理に距離を縮めようとしても、良い結果を得ることは極めて稀です。人の個性は様々でも性格を幾つかのパターンに分けることができ、ある程度の年齢になると自分と相性の良い人と悪い人を、会ってから短時間で区別できるようになります。
また自分がどのように思っても、他人の気持ちや思考をコントロールすることはできません。だから他人に受け入れてもらるかどうかを気にする前に、関係を築きたい人がいるならば、まず自分が働きかけてみる他はないように思います。
このようなことはだれもが大人になっていく過程において、意識的にせよ無意識的にせよ気づくことであり、このような気づきにより人格が成熟して行くように思われます。
医療的には「ターナーだから一般人と違う」ということは真実であり、ホルモン剤の投与により身体的症状を改善することができます。
しかしそれに留まらず、低身長や二次性徴の不全は低い自己評価につながり、ターナー女性の社会性の発達に影響を及ぼしてしまいます。「ターナーだから他人と違う」という気持ちは非常に厄介なものであり、このような成熟を困難とします。ターナー女性がそのような体質に生まれたことは全くの偶然ですが、その偶然が「なぜ私に起こったのか」という思いには解答がなく、ターナー女性のコンプレックスに対しての特効薬は無いからです。人は因果応報を好み、何かの現象に原因を求めるものです。しかしターナー症候群にように特に原因がない場合には気持ちを持っていく先が無いので辛く感じます。
実際シニアに近い年齢になった今でもなお、ターナーゆえのコンプレックスは私の中に存在しています。そしてそのせいか、よい年齢にも関わらず私は人間関係に不器用であり、何とか通常の社会生活を営んでいるものの、お世辞にも社会性が高いとは言えません。
私と同じようなコンプレックスを持ち、人間関係に悩んでいるターナー女性の方にとって何等かの参考になれば良いと考えてこのこの記事を書いていますが、明確な解決方法などを示せなくて申し訳なく思います。
しかし一方で、「他人と違う」というコンプレックス故に悩んだターナー女性は、そのような悩みのない方よりも、人間関係の問題について深く考えて自分にあった人間関係の在り方を見出すのではないでしょうか。それは人格を作るうえで重要なバックボーンとなりますので、徒に悩むよりは課題として取り組むような気持で向き合い、精神の糧として頂くことを願っています。
なお先に書きましたが、この記事に書いた人間関係に関する意見は私の個人的な考えです。当然に読んで下さっている方が異なるご意見を持たれることはあると判っていますので、不遜と思われましたら文章の拙さをお許しくださいますようにお願い致します。
この記事が若いターナー女性、さらにはターナー女児を養育されている保護者の方の参考になれば幸いです本日もこのブログに来てくださり、どうもありがとうございました。