現在の仕事についてもう25年程になります。書いてみて長いことやってきたんだなあ、と改めて感じています。

 

私が今就いている仕事は法律系の専門職です。しかし多くの人が法律系と言われれて思い浮べるような花形の職種ではなく、世間ではあまり知られていないニッチな職種です。

その仕事を始めたのは比較的遅く、30代に入ってからです。それまでは全く違う仕事に従事していました。しかしそれで一人前になる目途がたたず、仕事の方向転換をしました。大学の専攻などが似たバックグランドである私の友人が他の仕事からこの仕事を始めたのを知り、興味を持ったのです。

 

私は現在の仕事を全くの未経験から始めましたので、法律系の事務所にアシスタントとして雇用してもらい見習いをしながら実務を覚え始めました。一方でこの仕事は国家試験に合格して資格を取得しないと一人前と認められないので、仕事をしながら夜に資格試験の専門学校に通うという生活をしました。

 

そのような生活は体力に乏しい私にとって厳しいものでした。また法律に全く馴染みのない私

によって法律の勉強そのもに馴染むのに時間がかかりました。そのために優秀な方なら働きながらでも2年程度の勉強で合格するのですが、私の場合には8年もかかってしまいました。合格したときには嬉しいというよりは、ほっとしたという気持ちが強かったです。

 

ところで私にとって仕事は、まず第一に「生活の手段」です。女性が独身で生活をしていくとなると、当然に自分の生活費を稼がねばなりません。仕事で稼げなくなったら生活が成立しなって生きていけなくなる、という恐怖心が私を駆り立てていたことは確かです。私の場合には自分一人のことですが、男性の方は多くの場合自分自身ではなく家族の生活も背負っているのでそのプレッシャーは本当に大変だと思います。

 

今はかなり変わりましたが、私の若い頃には、福利厚生などが充実して安定性がある大企業で勤め上げることができるのは男性の特権というような風潮がありました。そしてそのような企業では女性はアシスタントに留まらざるを得なく、30歳を超えて勤め続けられる雰囲気ではありませんでした。現在では大企業も若い女性を「職場の花」として雇用する余裕はなく、アシスタント的な立場は男女を問わない非正規雇用にとって代わられているように思います。

 

長く仕事を続けるために私は専門職といいますか、「手に職をつける」ことに拘りました。そのおかげと言いますか半ば執念で資格試験の勉強もできたのだと思います。幸い現在の仕事は自分の裁量で進められる点が自分の性格に合い、何とかこの年齢まで続けております。60歳までは絶対に仕事をするというのが私の人生目標の1つでしたが、病気などで休職することもなく、あと1年と少々でそれを達成できる見通しなのを嬉しく思っています。そして60歳を越しても何年かは今の仕事を続けたいと思っています。

 

一方仕事において、若い頃に夢見ていたような成功(分不相応でした)は実現せず、職場のはしくれにしがみついて生活を成り立たせるので精一杯でした。それをほろ苦い思いで残念に感じることもありますが、そのような気持ちはある年齢になると特別に成功した人以外は感じるものですのでしょう。また独身生活を寂しく感じることもありましたが、その引き換えの自由を楽しんで生きても来ました。

 

私は生き方の選択肢として、独身で仕事をして生きていくという道を選びましたが、意識的に選んだというよりは、その他の生き方を想像することができなかったというのが実情です。10代半ばで自分が将来子供を持てないだろうと知ったせいか、大切に思える人と結婚をしても相手を幸せにできないだろうと思いました。それならば、とにかく自分一人くらいは養える立場を得ることに集中し、社会に迷惑をかけずに生きていける術を考えなければと思いました。でもそのような私の考え方と生き方は、余りにも余裕がなかったともこの年齢になると感じています。

 

仕事をするしない、結婚をするしない、子供を持つ持たないで人生の価値に差があるはずがありません。大切なことは自分の意思で選んだ人生を選び、それを楽しめることだと思います。ターナーの女性には一般的な女性にはない人生のハードルがあるものの、必要以上に力まずにしなやかにそのハードルを越えて行って欲しいと思います。またこれは完全に私見ですが、ターナー女児を養育されている親御様には、人生のハードルを越えるのに必要な自己肯定感を持てるようにお子様の個性にあった環境を与えてあげて、大人になったらお子様の選択を静かに見守ってあげて欲しいと思います。

 

本日もこのブログに来てくださり、どうもありがとうございました。