日本史学習の基本原則

 

時々、カケラのような知識を覚えこんだだけの、単なる解答マシーンと化した受験生をみかけます。

そんなにつまらない人間になってしまって、一体どうするというのでしょうか。

 

すでにだれもが肌で感じとっていることですが、現代社会の構造は、ガラガラと音をたてながら根底から変わろうとしています。

変化の激しい時代、安易な近道を求める者には哀しい未来しか用意されないだろうと思います。

 

これからの時代を生きていくためには、どうしても本物の力が必要です。

その一環としての日本史学習はどうあるべきか、この観点から、まず次の4点を強調しておきます。

 

 学力の飛躍は何が支えているか

人間は危機を自覚したときにジャンプする動物。

学力の飛躍は、脳を活性化させることができるかどうかにかかっています。

 

 なぜ教科書を重視すべきなのか

高校で渡される教科書は決して完璧なものではありませんが、一方で、センター試験を含めて入試問題はすべて、教科書を参考にしてつくられています

したがって、これを軽視したまま、賢明な戦いをくりひろげることはできません。

 

また、大学で身につける“知”の性格を考えれば、歴史という科目のもつ重要性や教科書を習得することの必要性がいっそう明確になるはずです。

 

 プラネタリウム型記憶の弊害

プラネタリウム型の学習は、受験日本史のマスターを困難にするだけでなく、近年の入試問題の傾向にも合致していません。

何よりもそれは、あなたの幼児性を象徴するだけになってしまいます。

 

 何よりも「わかる」ことを最優先する

丸暗記優先では、あやふやな知識しか残りません。

これははっきりいって試験の邪魔。

しかもそんなやり方だけでは、そもそも全時代・全範囲をカバーすることさえ困難でしょう。

 

どの分野にとりくむときでも、「わかる」ことを重視してほしいと願っています。

この姿勢を忘れなければ、歴史のイメージを描くことや多くの知識を有機的に結びつけることが容易になり、それは必ず、あなたの実力を最後まで支え続けてくれます。