あの音が僕を引き戻す
12時32分に鳴るその音が
僕を縛り付ける
僕を離さない
何処にも行かせやしない

あの音が!
けたたましく鳴る
あの音が!
僕の身体を引き戻す
あの音が!
胸が苦しい
あの音が!
でも進む
あの音が!
僕のことを
あの音が!
叩き潰すんだ!
私は今、時間の間で揺らいでいる。

私は今、タイムトラベルを夢想した少女ではない

私は今、生きている
過去ではない
未来でもない

しかし世界は未来も過去も区別しないという
科学という神様から見た現象としての私は今、
なんの同一性も無く存在している

私は今、ここにも居るし
先ほどはあちらに居て
後ほどむこうに居る
むこうにいる私がもし時間を遡り
あちらへやってきたとすればそれはもう
あちらへ居るだけの私である

では一体、この私を取り巻く世界と私の時間は
同じくして流れているのだろうか
私が今、もしもタイムトラベルに成功してしまって
たどり着いたところの世界が
それはそれとて流れていたら
なんていう孤独でしょう

私が今、愛した青年は
私を今、ほんの一瞬愛しただけであって
先ほどはあちらを
後ほどはむこうを
仮にあちらからこちらへ、むこうからこちらへ
気変わりしたとしても
それはただ気変わりしただけの彼であって
その刹那のためのほんの切ない文脈でしかない

これがどうやら腑に落ちるのが
いったいなんていう孤独だろう
2.彼女の目線

神栖麗奈のポケットにはいつもカメラが入っている。手のひらより小さい、ボタンも1、2コしかない、コロリとしたデジタルトイカメラである。神栖麗奈が1.5インチ300万画素のモニタで捉えた世界は、カチリというシャッター音とともに嘘八百の色彩で切り取られる。バイトもしていない女子高生である神栖麗奈が自分の金で買った財産といえば、ほとんどこのカメラくらいのものだった。端っこの方にちょこんと描かれたハリネズミのロゴイラストが気に入っていた。
神栖麗奈はさまざまなものにカメラを向けたが、人はあまり写さなかった。神栖麗奈には友達と呼べる人間があまりいなかった。だからもっぱら、被写体は自動販売機や、電灯や、たまに話しかけてくるナンパ男か、あるいは近頃相手をしてくれなくなった近所の少年だった。
少年はKという名前だった。1つ年下のKとは幼い頃からよく遊ぶ仲だったが、中学の途中あたりから話さなくなった。近頃の写真はもっぱら盗撮気味である。神栖麗奈はKが見せる諦めたような表情の虜だった。Kさえ居れば、それで満足だった。