言葉が人を感動させるのはどんな時だろう。
本屋で平積みされている名言集的なものの言葉が僕の価値観に影響を与えたことはなかった。少なくとも直接にはなかった。
そういう言葉と僕の間には共通するところがないから。

言葉は真空でつたわるものでないから、必ずなにかしらの空気の中にある。
たとえば水の中では、同じ言葉でも違う響きになる。家の空気を震わせるのと、外の空気を震わせるのも違う響きになる。

それからそこに他の響きが一つ加わるだけで、それも違った響きになる。
音楽の中で伝わる言葉は純粋な言葉ではなくなる。

純粋な、と言うけど実は純粋な言葉なんか有りはしない。
どこかの空気のなかで、別の音と一緒に伝わる言葉しかない。むしろ言葉はそういうもので、真空には言葉がない。
その不純な所が言葉の正体で、感動の原因に違いない。
通り過ぎる人の目を見ましょう
行きたい方へ行けるように
誰の姿も追わないな
こちらに建っているビルのような
いやあちらに生えてる信号か

見知らぬ人の手を見ましょう
やり場を失わないように
タバコをもったまま震えている
こちらに立っているコドモみたいな
いやあちらで寝ているホームレスか

電車の中の人の耳は
静かな車内であるように
小さな音も聞こえるようさ
こちらで泳いでいる魚みたいだ
口が止まると息ができない
まるで僕らは死なないつもりだ
眠れない夜
どれだけこんな夜を待っていただろう
なにか途方もない熱量をもった
巨大なアメーバみたいな波動が
ジリジリと僕の身体の中を浸透していく

眠れない夜
これは文化だ
この国の原始から連なった
人間の吐息だ

眠れない夜
幾千人幾万人の身体を
ヘモグロビンと結合して巡ったのに
それでいて強烈に直接だ

眠れない夜
それは身体中の毛穴から僕を突き抜いた
次の誰かへ繋がって行く
それは飛ぶように

眠れない夜
こんなにも眠れない夜