「本当に申し訳ない。」
社長がそう頭を下げてわたしに言う。

 

 

 いや、それこそ社長は悪くない。
AIを活用した業務の自動化が進む中、意図的な操作も明らかになり、むしろ社長は被害者の立場でもあるのだ。

 

 

 労務管理は社長の仕事でもあるので、責任を問われるのは致し方ないが、それと彼らの最低な一連の行為は完全に別物である。

 

 

 日本人をはじめ、少なくともこの周辺国の民族は、責任の取り方や考え方、そしてその扱いがどうにも下手くそだ。

 

 

 とりわけビジネスや人間関係においても、いつまでも根に持ったり、引きずる傾向にある。

 

 

 いつまでも向き合わないのならともかくとして、一度話し合いで済んだはずの話を蒸し返す。

 

 

 そんな関係は被害者にいつまでも"たかられる"だけなので、さっさと切り捨てて断絶するしかない。

 

 

 断絶するとお互いにコミュニケーションが取れなくなるから余計に疑心暗鬼になり、根も葉もない噂や誤解が幾多の争いや戦争に繋がってきたことをいつまでも学ばない、気づかない、ただの愚かな民族だ。

 

 

 本人が進んで悪事を働いたのなら、当然その責任をとって、一生をかけて償う必要があるだろう。

 

 

 それは仕方がない。

 

 ただ、仕事上のミスで責任を取ることまで同じように責め立てるのは、出る杭を打つような他の意図があるように思えてならない。

 

 

 責任範囲の考え方は簡単だ。
例えば、株主は出資した額の範囲だけで責任を取ればいい。
つまり、出資した全額は失うが、逆にそれ以上の負担は一切求められず、それ以上の責任は追及されないのだ。

 

 

 株主は会社の連帯保証人ではない。

 

 それと同じく、仕事上の責任は仕事上の範囲で収めていいはずで、それ以上の過剰な責任追及はただの粛清に他ならない。

 

 

 もういっそ、ことごとく契約で責任範囲までいちいち定めたらどうだろうかと思うほどには、特に日本人は被害者根性が強すぎる傾向がある気がするのだ。

 

 

 これでは、いつまでたっても自ら責任を取りにいく人間が出てこず、皆横並び一線で出過ぎた真似をしないようにしましょうという、生産性も革新的な技術の向上などもない、ただの穀潰し集団と変わりがないはずである。

 

 ある意味、共産主義に等しい。

 

 

 会社の事務所が犯罪の現場になったと考えると、社長は今後被害者の心に気を遣いながら、二度と同じことが起きないようにする必要があるだろう。

 

 

 それが社長をはじめ、経営陣がとるべき責任ではないだろうか。

 

 

 加害者として裁かれたあの彼らは去勢されて刑務所に服役し、被害者に金銭的にも生涯をかけて賠償することになるだろうから、それはそれで放っておいていいだろう。

 

 

 会社も、彼らの行いで名誉を傷つけられたわけだからその損害を彼らに請求していくという。

 

 

 今回の事件はそのように決着がついた。

 

 

 いや、それこそ社長は悪くないです。
あの時、別に何も悪いことしてないじゃんって社長が言ってくれたように、わたしはたぶん、あの時の社長と同じ気持ちでいますよと伝える。

 

 

 「ありがとう。」

 

 

 社長が詰める質素な事務所にはほかに技術者が2名ほどいて、衝立の向こうで淡々と作業を進めている。

 

 

 わたしはこの後、以前からの話の通りに、退職した人の後を任せてもらう形で一つの拠点を引き継ぐことになった。

 

 

 このあと井上さんが合流してその事務所へ3人で向かう予定だ。

 

 

 今回の事件でどうなることかと思ったが、ほかの会社でも十分起こり得る事件だっただけに、会社の業績に重大な影響が出るような動きには幸いにもならなかった。

 

 

 なんなら、今回の問題を会社のウェブサイトに公開することで、ほかの会社がそれを参考に対策ができるようになり、評価を得られることとなった。

 

 

 自動化は便利で人件費がかからない上に、過度な労働を必要としなくなる良い面を持ち合わせるが、逆にそれを良いことに思いもしないような悪さに用いられる場合もあるようだ。

 

 

 おじいさんがいなくなってしまって、由美さんとしばらく一緒にいたが、会社でのわたしは今後どうなるんだろうという話もした。

 

 

 だが、心配していたようなことはなく、これまでよりもむしろ会社とはいい関係になれるかもしれない。

 

 

 

※この物語はフィクションです。実在する人物や団体とは一切関係がありません。架空の創作物語です。

 

※この作品は2024年4月10日にnote.comに掲載したものです。

 

 おじいさんはあの日、散歩に出かけたまま帰ってこなかった。
友達の家だろうと思われていたが、そのまま泊ってくることなどそれまでなかったため、由美さんは心配をしていたという。

 

 友達とされる人物宅は連絡先がわからなかったために、夜が明けて警察に相談をしようと思っていたところ、高台の霊園から連絡があった。

 

 その霊園とは、由美ゆみさんの母である真実まみさんが眠っている場所である。

 

 少し歩くが、かつての都心が見渡せる高台で、石のお墓ではなくそれぞれ個人の好きな木々の下に遺骨や遺灰を埋葬できるようになっていて、今では主流。

 

 一見すると、まるで霊園というよりは眼下の景色を見渡せる展望自然公園のようになっており、実際に公園のように気軽に出入りできる。

 

 管理人さんが巡回していたところ、紅葉もみじの木にもたれかかり、静かに眠っている人を発見した。

 

 声を掛けたが反応が無かったため救急に連絡、持ち物は携帯端末だけで、病院は家族からの連絡を待っている状態だったという。

 

 管理人さんが紅葉の木の下で眠っている故人を手掛かりに、由美さんに連絡をしてくれたのだった。

 

 由美さんが駆け付けたところで死亡が確認された。

 

 

 

 由美さんが知らせてくれたのはその後。

 

 しばらくして、おじいさんは静かに自宅へと帰ってきた。

 警察を経ていたこともあって、少し名の通っていたおじいさんの話を聞きつけて、かつての部下の方たちも訪れる。

 

 一緒にいてくれないかと由美さんから頼まれるまでもなく、お世話になっていたこともあり、家族のような気持ちでいるのでしばらく由美さんと共に過ごすことにしていた。

 

 まるで夢を見ているような、とても穏やかな表情だ。

 

 遺品の中にしっかりとジャケットを着た証明写真とともに「由美へ」と書かれた手紙があったのを一緒に見つけた。

 

 きっと、これまでの散歩の過程で準備したであろう一番のお気に入りの写真だったのかもしれない。

 

 あまり、自分の姿を写真にすることを好まなかったおじいさんは、携帯端末で撮影することすら嫌がる人だった。

 

 なので、あまりおじいさんの写真は残ってはいないのだが、引き出しの中にあった手帳には、由美さんのお母さんである真実さんとずいぶん若い時に撮ったであろう写真が数枚挟まっていた。

 

 それは見事な紅葉を背景にした二人の写真だ。

 

 由美さんは知らないと言うので、生まれる前の写真だろう。

 

 どこか慣れない、照れくさそうな由美さんのお父さんと、どこか吹っ切れたような笑顔のお母さん、この時間だけは本当に二人だけの時間だったんだなと伝わってくるようである。

 

 もしかしたら、こんな照れくさそうな顔で写っている写真たちを遺影にしてほしくなかったので、わざわざ証明写真で撮影したのかもしれない。

 

 由美さんは、お母さんがこんなに若い頃の写真は初めて見るようで、なぜ今まで見せてくれなかったのか少し涙ながら不満そうだった。

 

 家族は由美さんしかいない。

 

 おじいさんが土に還る日、真実さんがこの火葬場に勤めていたという。

 

 元部下の方の一人もよくこの場を訪れていたと話をしてくれたことから始まったのだ。

 

 「それまで結婚なんて様子はなかったんですが、こちらで奥様と知り合ってから、明るくなったんですよ。」

 

 それに対して由美さんも、
 「落ち込んでるようなときに母に声をかけてもらったと聞いてます。それがきっかけだったとか。」

 

 お父さんの仕事の内容は聞いてましたよね、と軽く確認をされながら当たり障りのないように「精神的にきつい仕事だった」と、話をしていた。

 

 この風景と匂いはあの時と全く変わっていない。
まるでここだけ取り残されたようにそのままだ。

 

 我々の話し声を除けば、風になびく木々の葉がざわめくだけ。

 

 おじいさんは、奥さんの真実さんの隣、紅葉の木の下で眠りにつく。

 

 由美さんが会ったことの無いお姉さんも、真実さんの隣に眠っている。

 

 もしかしたら、おじいさんは散歩で会いに来つつ、同じところで自分も良いか相談をしに来ていたのかもしれない。

 

 

※この物語はフィクションです。実在する人物や団体とは一切関係がありません。架空の創作物語です。

 

※この作品は2024年4月8日にnote.comに掲載したものです。

 

 

 気持ち悪い人は、何をやっていても気持ちが悪い。

 

 

 こればかりはもう仕方がない。

 

 

 ナトリウムと水のように接触してはならず、混ぜてはならない洗剤同士を混ぜてはならないと割り切るしかない。

 

 

 気持ち悪いのは、自分の何かが警告を発しているのか、ただの拒否反応なのか、いずれにしてもその対象物や状況から一刻も早く距離を置くべき状態なのは間違いないだろう。

 

 

 なぜそんなに気持ちが悪いのかと、その不快感に対する損害賠償を請求したいくらいになる。

 

 

 同じ空気を吸っていると思うと気持ちが悪いし、同じものを使っているとふと認識してしまうだけでも気持ちが悪くなる。

 

 

 どこまでも気持ち悪いのだ。

 

 

 このように、相容れない人物というのは必ずいる。

 

 

 すべての人に好かれることが無いように、自分もすべての人を好きになれるわけではないから当然だろう。

 

 

 大事なことは何だろうか。

 

 

 適切に一定の距離を置き、可能な限り関わらないようにする事だ。

 

 

 それは生理的にやむを得ないことであり、関わらない自由と言えるかもしれない。

 

 知性が足りなければ、それは差別だと考えるかもしれない。

 

 しかし、これにはすでに述べた理由から十分な定義が存在する。

 

 

 区別だ。

 

 

 気持ち悪いなどの負の感情を常に持っている相手に対しては、何かにつけてケチをつけたくなるものだ。

 

 

 視界に入っていると拒絶反応が起こる。

 

 

 無駄な争いを避けるためにその場から速やかに離れる必要があるだろう。

 

 

 国境がなぜ存在するか。
それは究極、無駄な争いを避けるためにある。

 

 

 安易に気持ち悪いという事はない。

 

 

 気持ちが悪い人物というのは、見た目、内面と気持ち悪さが出ている。

 

 

 ゆえに、気持ち悪いと直に言う時は本気である。

 

 

 もはや、頭の良し悪しは関係がない。
生理的に受け付けない、気持ちが悪いからだ。

 

 

 気持ち悪い人物は、気持ち悪い人物同士で気が合う事だろう。

 

 どうでもいいが。

 

 子孫はもしかしたら、メンデルの法則によって奇跡的に気持ち悪くなくなるかもしれない。

 

 

 その数百年後か数万年後かの奇跡に賭けて生きているのかもしれない。

 

 

 不特定多数が集まる場所には、現実でもサイバーの世界でも関係なく、完全に区別できる仕組みを必要とする。

 

 

 無用で悲劇的な争いを避けるためだ。

 

 

 気持ち悪い人物を駆逐できればいいのに。

 

 ヘッドショットを決めてやる。

 

 

 ようやく彼らに判決が出た。
重大で悪質だとして、裁判所は彼らにそれぞれ懲役三十年の判決を下した。

 

 

 性犯罪で疑いの余地もないため、それぞれ去勢が行われる。

 

 

 また、最低給付保障制度の給付金の重みは生涯 0.7 とされた。

 

 

 最低給付保障制度で給付される標準額の70%しか毎月生涯支給されないという重いものになった。

 

 

 もし、出てこれてもそれで生活が出来ないのであれば、一生働くか任意で刑務に志願するしかないだろう。

 

 

 さもなければ、警察署の地下施設が待っている。

 

 

 由美さんが泣きながら教えてくれた。

 

 由美さんにとってはお父さんであるおじいさんが、亡くなったらしい。

 

 

※この物語はフィクションです。

実在する人物や団体とは一切関係がありません。

架空の創作物語です。

 

※この作品は2024年4月7日にnote.comに掲載したものです。

 

 

 国民といっても、子供部屋おじさんもいる。

 

 

 平日の明るいうちから社会や周囲に不平不満をポエムにして、さも自分は真っ当な人間という顔をしている人物すらいる。

 

 

 私は吐き気がするくらいに身が受け付けないので、どなたか耐性がある人が構ってあげて欲しいものだ。

 

 

 自分がどう見えているのか一度冷静に考えたらどうかと思うが、すべてがもう無駄だろう。

 

 

 年金制度があった時代も、親の年金が振り込まれないと生活ができないために、死体を何年も放置した結果、死体遺棄罪と年金詐取で捕まった人間も少なくはない。

 

 

 現代の最低給付保障制度ベーシックインカムでも、その年金詐取問題を引き継ぐ形で度々騒動が起きている。

 

 

 そのため、年に1回は行政のポータルサイトで指紋認証による本人確認手続きを行わなければならなくなった。

 

 

 選挙などの投票でも指紋認証を行わなければならないので、発覚するタイミングを早くすることは出来たものの、根本的な解決にはなっていない。

 

 

 一部でもそうした人間が出てくると、余計な手続きやルールが増える。

 

 面倒臭くしているのは自分たちに他ならず、余計な制限を受けたくなければ余計なことをしなければいい。

 

 

 それがわからない人間が後を絶たないのは仕方がないのだろう。
全員が最低限、賢いわけではないからだ。

 

 

 そこから先は、警察か公安に任せるしかない。
多民族化も少しずつ進み、かつ個人の時間が増えた現代においては、それらの行政機能は予算と規模が拡大した数少ない組織といえる。

 

 

 さて予算といえば、給付金以外に所得がある人は、年に一回清算する必要がある。

 昔で言うところの確定申告だ。

 

 手続きは簡単。
自分の社会保障番号に過去一年間の取引履歴が紐づけられているから、その内容に間違いが無ければそのまま提出ボタンを押せばいい。

 

 

 すると納めるべき税金が請求されるので、そのまま決済に進むか、分割決済すれば完了だ。

 

 

 また、医療費用に関する補助申請も、同様に行政のポータルサイトから行う必要があるので、毎月の給付金を詐取し続ける事は現実的ではなく、出来にくくなっているといえるだろう。

 

 

 西暦2,100年に近い現代の国の人口が約6千万人で、国の年間予算は120兆円だといわれている。

 

 

 人口はかつてよりずいぶん少なくなったが、低地に住むことを禁止した事への対応や防衛予算も含まれている。

 

 

 最低給付保障制度で半分の60兆円が使われるため、残りの60兆円で運営するわけだ。

 

 

 税率は給付金を除いた所得に一律30%とされていて、2人に1人が年間1,300万円を稼ぐ計算になる。

 

 

 ただ10万円は毎月誰でも給付されるので、よほど高額な固定費でなければほとんどは余剰収入になるだろう。

 

 

 株などの有価証券で利ザヤを得ようが、働こうが税率は同じなので、それぞれのスタイルで所得を得るわけだ。

 

 

 法人税が課されていないため、海外資本が拠点を設けやすくなっており、勤務する日本の国籍を持たない住民も同じ税率で税金を納めている。

 

 海外で法人税を支払うか、永住権を狙う社員を日本に住まわせるか、日本人を雇うかの選択肢がある。

 

 この一律30%という税率にしたことで、簡単に税率をいじれなくなったところがポイントだ。

 

 国民側からは解りやすく、複雑な計算が必要なくなる。

 

 経費にできるかどうかは考える必要があるかもしれないが、それは自分の所得が減るか増えるかだけの問題なので、それぞれ頑張っていただきたいというシンプルなスタイルだ。

 

 

 国もそれをわかっている。
景気をより良くするか、できるだけ安く運営するか、両方か腕の見せ所だ。

 

 

 最低給付保障制度の分を除けば、国民一人当たり年間100万円で運営する必要がある。

 

 

 海外への電力輸出や、海底資源へのアクセスも検討されているが、やはり支払い能力が十分な国家への債券投資を積み上げてきたことによる利息が、今なお重要な収入源となっているかもしれない。

 

 

 翌年蒔く種を食べてはならない。
そう言われるのは納得せざるを得ないだろう。

 

 

※この物語はフィクションであり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。架空の創作物語です。

 

※この作品は2024年4月6日にnote.comにて掲載したものです。

 

 

 

 私が育ったような家庭。
それが叶うなんて、かつて荒れていた自分に教えてあげたい。

 

 

 由美ゆみは弓道を始めるような、芯の強い子に育ってくれた。

 

 あの子がもしかしたら嫉妬するかもしれない。
なぜ、私にはそうしてくれなかったのかと。

 

 

 あの子で失敗した経験が生きる。
主人もかつての私の失敗を知るだけに、とても気を遣ってくれた。

 

 由美にはね、お姉ちゃんがいたんだよと償いのつもりで語る。
あちらにいってあの子に会えたなら、許してくれなくても謝らなくては。

 

 

 由美が中学生に上がると、日本社会に大きな変化が起こった。

 

 

 高齢化が進みすぎたため社会保障費が増大し、国は消費税を含めた増税を試みた。

 

 年金も健康保険も、毎月徴収する保険料と、年金は積立金でも維持しているはずなのに、増税とはどういうことだと疑問の声が各地で上がったのだ。

 

 

 政府は抱える国債残高が膨大だと、疑問に対してさらなる問題を突きつけたが、職員の天下り先への出資金や貸付金をはじめとした政府資産残高が積みあがっていることを隠し通すことはできなかった。

 

 

 行政法人が株式会社の株や債権を持ち、その枝葉は会計検査院の検査対象から外れることを利用した税金の流用が明らかとなり、政府が資産を持ちすぎているのではないかという指摘になすすべなどない。

 

 

 時の政府は、政府資産の圧縮を決め、より透明性のある政府会計を実現すべく閣議決定した。

 

 

 その勢いで、省庁間や職制上やり取りする資料や書類などはほぼすべてがデジタル化され、インターネットを介しても通信が可能な独自のプロトコル通信環境の整備が進められた。

 

 

 併せて、人工知能の活用も同時に組み込まれる。

 

 すると、公務員が余る事態となる。

 

 この問題に政府は、最低給付保障制度を採用することにした。

 

 これは、日本国籍を持つ日本国民であれば毎月、登録した本人名義の銀行口座に物価を考慮した給付金が振り込まれるという制度だ。

 

 その代わりに、それまであった年金制度と、健康保険制度、そして生活保護制度を廃止、すべて最低給付保障制度へ移行することとなった。

 

 詳しくはこうだ。

 

 まず、社会保障番号を対象の国民に割り当て、専用のポータルサイトが整備され、様々な手続きを可能とした。

 

 同時に、投票もハッシュ値を活用したトークンで行う事により、有権者は手元の端末で投票ができるようになった。

 

 移行に伴う経過措置として、それまでの不在者投票制度をそのまま活用することとし、従来の投票用紙による投票も一定期間維持された。

 

 最低給付保障制度創設により、精米5kgが1,500円で買える地域であれば、国民一人毎月10万円を本人名義の口座に振り込むこととされた。

 

 夫婦2人であれば合計20万円が、子供が5人いる夫婦合わせた7人家族であれば合計70万円が給付される仕組みだ。

 

 犯罪者は判決で決められる金額になるというペナルティが課されることとなった。

 

 従来の量刑に加え、出所した際の最低給付保障制度対象への復帰時に、通常の給付金に0.9を乗じた金額、10万円であれば9万円になってしまうというペナルティ、一定期間か生涯かは司法の判断によるとされた。

 

 原則、デジタル手続きで行われるが、災害などやむを得ない場合は、それぞれできるだけ最小の行政拠点で現金対応することが決められた。

 

 現金も、デジタル小切手やプリペイド番号方式に順次移行されることが決まっている。

 

 この最低給付保障制度と重複する年金、生活保護の両制度は廃止。

 

 年金機構はかつての社会保険庁と同様廃止、生活保護制度の維持のために審査管理する職員をはじめとした福祉事務所も廃止された。

 

 退職した職員も最低給付保障制度の給付を受けられるため、そのまま退職するかほかの省庁で勤務するか選択が出来るとされた。

 

 最後に健康保険制度だが、
国民健康保険と社会保険は統合され、財団化された。

 

 国民皆保険制度は厳密には廃止された形になる。

 

 医療保険に加入をすれば、ちょっとした病気にも保険金を受けられ、利用を根拠にした医療保険料の引き上げは法律で禁止された。

 

 各医療保険と財団は相互に協力し、国民の健康の増進に資することを目的とすることとされ、特に高額な医療については、子供はすべて、大人は労働年齢人口層、そのほかは資力に応じて割合で保障することとされた。

 

 これにより、もう助からないのがあらかじめわかっているにも関わらず、数百万から数千万の医療費を皆保険で提供するという矛盾が排除された。

 

 同時に、日本国籍を持たないにも関わらず皆保険で医療を受ける矛盾も排除された。

 

 このように、国として未来の国民、つまり将来の納税者となるはずの子供を作らなければならない事と、現在の国民に広く最低限の生活費を保障することで、そうなりやすい環境と不平等感が解消されることとなった。

 

 また、日本国民になれば最低保障給付金を受け取れるようになるという制度は、海外にも注目され、日本版グリーンカードを求めて移住を目標に渡航してくる外国人も徐々に増えていくこととなった。

 

 日本の国籍を取得するためには、最低限日本語の読み書きが可能であることと、労働期間が5年以上で審査資格が得られる。

 

 資格を満たす人物の中から抽選で選ばれ、永住権が付与されるという仕組みだ。

 

 これにより、一定の納税者の確保と、外国人の積極的な来日を後押した。

 

 最低給付保障制度で得られる給付金だけでは、物足りない、または足りないと感じる国民は、そのまま雇用を求め、それで得られる所得からは税金を納めるという形になった。

 

 海外旅行や、より高度な教育、将来の高度な補償外の医療に備えて資産運用をするなどの通貨への需要が、そのまま労働力へとつながった。

 

 現行の学校教育制度は廃止。

 

 インターネットを活用した、動画や教材を活用した個別教育を軸として、高校卒業程度まで学力認定を受ければ、その先の研究施設や海外留学なども選択肢に個人の興味や目標に沿った教育を受けられるように整備された。

 

 自宅で勉強できるだけでなく、学校の代わりに設置された各教務センター内の学習室で同様の学習ができるようになり、教諭資格を持つ職員が運営事務を主な業務とすることで常駐することとなった。

 

 任意で部活やサークルもコーチや監督といった管理者を雇えるのであれば設置できるようにされた。

 

 このように、存在する技術はフル活用、限りある財源を最大限有効活用することを最優先として、国全体が大きく変わったのだった。

 

 もう一人、子供を作ればよかったかもしれない。

 

 

※この物語はフィクションであり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。架空の創作物語です。

 

※この作品は2024年4月5日にnote.comに掲載したものです。