今どきの老害はすごいなあと思う。
きっと、老いてない頃はただの害だったのだろう。

 

 

 だったのか現在も遺憾ながら進行中なのか、差別をされているのではく区別をされている結果なのだと微塵も気づかないのが哀れだ。

 

 そんなものに普段から職制とはいえ上司や経営者だからと気を遣い、周囲の客は他に当ても無いばかりにそんなものに相手をせねばならんのだから気の毒に思う。

 

 

 その苦痛がいつかきっと、報われますように。

 

 

 

 わたしが指摘した内容がどう具体的に間違っているのか議論も出来ずに、周囲の人間を蔑ろにしているだの、生活リズムが狂っているからそんな考えに至るだの余計なお世話どころか、そもそも的外れもいいところ。

 

 

 そんなだから、バカだとわたしなんかに言われる羽目になる。

 

 

 悔しいかざまあみろ、この一言で十分だろう。

 

 

 

 戦争が無くならない理由が解るだろう?

 

 

 論点だけ見れば大したことないが、そこに立場やプライド、やたらと引き下がれない厄介なお荷物を抱えて議論に持ち込んでくる。

 

 

 それはもう議論ではない。

 

 

 相手の存在が消えるまでやり合うのが戦争だ。

 

 

 国同士での戦争は、政治的解決が平和的に、つまり話し合いではどうしても決着がつかない場合に起こるものだ。

 

 

 その原因が取り除かれれば、和平工作が行われ、互いの消耗戦が長引くことを回避できるだろう。

 

 

 戦争を知らずにぼくらは産まれた、そういえば親がそんな曲を聴きながら育った世代のように聞いた気がするなあ。

 

 

 わたしからしてみれば、実に皮肉が効いているように聞こえる。

 

 

 バブル世代か。どうやら赤子の手をひねるようなもののようだ。

 

 

 ますます嫌いになってゆく。

 

 

 

 もちろん、そんな人間ばかりではないことはよく理解している。

 

 

 ちょっと変わった話をしよう。

 

 

 

 白いコピー用紙が一枚目の前に置かれているとする。

 

 

 あなたは今、色違いのボールペンで12色の丸を手書きで描かなければならないとしよう。

 

 

 どうするだろうか?

 

 

 

 まず12色のボールペンを用意しなければならないが、それはすでに紙の横に並べられている。

 

 

 一本一本ボールペンのキャップを取って、きれいに丸を描き始める。

 

 

 別に間違いではない。

 

 

 どれだけの時間がかかるだろうか、想像してみて欲しい。

 

 

 

 わたしならこうだ。

 

 

 まず、12本のボールペンのキャップを取る。

 

 

 それらのボールペンをまとめて片手に持ち、描くのに十分な位置にペン先たちを紙の上に載せると、そのまま丸を描くわけだ。

 

 

 多少、色が混ざる部分はあるが、禁止されているわけではない。

 

 

 12色の丸を描ければこの課題はクリアできるのだから。

 

 

 

 ルール違反?ずるい?

 

 

 違う、あなたの常識や思いつきの限界を超えているだけだ。

 

 

 

 この時代の技術にも、実は応用されているものがある。

 

 

 一本一本描いていくスタイルはパソコンなどCPUがやるやり方。

 

 

 一気に描くスタイルはGPUというグラフィックボードがやるやり方だ。

 

 

 

 そんな一気に描けるスタイルを実現するグラフィックボードのペン先は、それこそ微細で精密でそして臨機応変。

 

 

 どんなに気を遣って製造したとしても、皆一列揃って同じく最高品質だとは限らない。

 

 

 ダメなペン先がほとんどない最高品質のものもあれば、例えば1割ほどダメなペン先が存在する中の上のものもある。

 

 

 4割ダメなもの以下であればそれは廃棄となるとすると、それ未満のものはグレードをつけて、それに応じた価格で販売できる。

 

 

 つまり、多少ダメなものを含んでいても十分使えるものなのだから、価格で区別をつければいいという考え方だ。

 

 

 食品に例えると、賞味期限まで残り少なくなるごとに毎日価格を下げて売っているとイメージすればいいかもしれない。

 

 

 

 生まれついてダメな部分は誰しもある。

 

 

 本当にダメならとっくにこの世に命なんか無いはずだ。

 

 

 ただ、見た目だけではわからない。

 

 

 ずいぶん前から言っているじゃないか。

 

 

 指摘が間違っている、または的外れなのなら、そもそも気にもならないはずだし、怒るどころか記憶にすら残っていないだろう。

 

 

 そうではないのならそれが答えだ。

 

 

 

※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。

 

※この作品は2025年11月23日にnote.comに掲載したものです。