かつて、天皇陛下のご意思は絶対だった。
天皇の御名において始まった戦争は、ヨーロッパ諸国によるアジアの植民地をことごとく覆していく。
日本軍の行くところ次々と日の丸を立て、本土ではテレビもない時代だから、まるで日本代表選手が次々と試合に勝ち抜いていく姿を観戦しているように、娯楽さながら盛り上がっていたようだ。
各紙、わが皇軍勇ましくと称える。
子供も意味などわからないながらも軍歌を歌い、大きくなったら兵隊さんになるんだと揃って言うくらいにはすっかり染まっていた。
前線で何が行われているのかなど知るはずがない。
植民地を拡大する日本の勢いに危機を感じる連合国は、ほとんどの資源を外国に依存する日本に対して経済制裁を行う。
当時、日本は石油の大半を米国に依存していた。
少しずつ、だが確実に、燃料はおろか戦艦や弾薬、兵糧に至るまで本土から海を越えてはるか彼方の前線を維持するのもままならなくなっていく。
米国は孤立主義を原則として動かなかったが、日本軍による真珠湾への奇襲攻撃に激怒、とうとう虎の尾を踏んだのだ。
金属が足りなくなったことで各家庭から鍋や時計を集め、資源の確保に奔走するも、とても間に合わない。
物資はおろか食料まで満足に手に入らなくなって、国民は配給制で飢えをしのぐ生活になる。
もうお金など役に立たない。
上等な着物など物々交換してなんとか食料を調達できるくらいだ。
国際法では非戦闘員への攻撃を禁じているが、それでもあらゆる都市が空襲を受け、焼け野原となったのは、国民が軍に対して怒れば戦争の継続と拡大は止むだろうと目論んでの事だろう。
しかし、繰り返すが天皇陛下のご意思は絶対である。
贅沢は敵、欲しがりません勝つまではの合言葉で、広島と長崎に原子爆弾が落とされても、国民が政府に怒りを向けることは(でき)なかった。
息子を戦争に取られ、戦線で死ぬのを誉とする社会の空気、生きて帰ってこようものなら嫉妬と批判にさらされるくらいに異常性は極まる。
民衆とは斯くも恐ろしいものだ。
海軍はことごとく艦船を失い、もはや本土と各地の前線を繋ぐことさえできない。
負ければ陛下がすべての責任を取って、遥か古代から続く天皇の系譜が絶たれてしまう。
陸軍はまだやれるとせめて本土での決戦を望むが、天皇陛下がこれ以上の戦いは望まないと、そのご意思を示された。
陛下のご意思は絶対だが、公にさえならなければまだあるいは、
そんな思いで抵抗する将兵もいたようだ。
※このコラムは2024年10月18日にnote.comに掲載したものです。
