「ガキがワシより良いもん食ってんじゃねえぞ」

 

 

 師匠からおつかいを頼まれて桃のはちみつ漬けを買いに来たのだが、これは侯爵家の親戚であるお客様宅へ伺うからだ。

 

 

 その方は、高い身分だが飾らず偉ぶらずの不思議な人なのだが、紅茶を好まれるために師匠が気を利かせていつも持っていく。

 

 

 しかし、過去のサウスでの政変から、事件とは何も関係ないにもかかわらず、その人柄の良さから妙な人間から疎まれて、誤解から逃れるようにこのメイサに身を寄せていると聞いた。

 

 

 師匠は、ここメイサの両親だと思っているという。

 

 

「いつものかい?」
 

 はい、お願いします。

 

「はい、出来たよ。汁が漏れないように気をつけてね。」
 

 ありがとうございます。

 

「あとほら、内緒だぞ。」
 

 なぜかご主人に気に入られているようで、桃の端っこをくれる。

 

 ありがとうございます!
美味しい!

 

 

「そうか、よかった。師匠によろしくな」
 

 飛び上がるようにお礼を言うと、笑みを浮かべて見送ってくれた。しかし、師匠に知られると怒られる気がする。

 

 これを口にできる子供はそういないだろうから。

 

 

「おい」
 

 お店を出るとぐちゃっとした格好のおじいさんに呼び止められた。

何だろう。

 

 

 珍しくはないが、見た目ときつい匂いですぐにわかった。
物乞いをしつつ、街中を徘徊している家を持たない人たちだ。

 

 

『いいかメル、流浪人には危ないから関わるな。』
 

 なぜです?

 

『あいつら、人身売買に関わっている奴もいる。』
 

 人身売買?

 

『人間を売り買いするんだ、奴隷にされるぞ。』
 

 えええ!

 

『・・子供は特に高く売れるからな。』

 

 師匠のいたずらに脅かす不敵な笑みを思い出して身震いする。

 

 

 しまった。

 

 この街には衛兵などいない。
…お店の中に戻るか!?

 

 

 これは師匠のおつかいです。
僕の物ではありません。

 

 

 そう言いながら、お店の中に戻るべく後ずさりをする。

 

「ふうん、良いところのガキみたいだな。」

 

 

 僕の心の何かが危険を叫んでいる。

 

 

 すると、ガチャっと音がしたと思うと「ひっ」と気持ちの悪い笑みから、引きつった顔に変わった。

 

 

「おい、うちの親戚の子に何か用か?
手え出したら承知しねえぞ。」

 

 

 お店のご主人が見たこともない形相で銃を構えている。

 

「…今のうちに行きな。」
 

 

 そうご主人に促されると、僕は来た道を力いっぱい走った。

 

 息が続かない。
でも止まりたくはない。
振り返るのも怖い。

 

 

 露店通りまで差し掛かると、もうすぐだ。

 

 

 追われている気配が無いので、ここが師匠の店だと見せかけるようにふと見かけた大きな樽に身を隠す。

 

 

 そして駆けてきた後をおそるおそる見ると、どうやら誰も追っては来ていないようだ。

 

 

 体中が拍動しているようで全身の血液が勢いよく巡るのがわかる。

 

 

 

 ここからは露店の裏道、子供にしか通れない道で帰ろう。

 

 

 

※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は架空であり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。

 

※この作品は2024年8月22日にnote.comに掲載したものです。