「さて結局のところ――

 

――がないと食うに困るんだ。」

 

 細かい砂が飛び交う中、僕はお師匠の一言一句に気をつける。

 

 気をつけてはいるが、この風の中なかなか聞き取るのも難しい。しかし、こうも機嫌よく続けるお師匠の話を遮るわけにもいかない。

 

 お師匠はこのメイサという街に小さな露店ではあるが、店を構える少しばかり名の通った商人の一人だ。

 

 さらに、質問してもなかなか欲しい答えはくれない。

 

 ふふんと鼻を鳴らして歩くお師匠の後を、なんとか遅れないように小さな歩幅でついていく。

 

 

「メル、お前を預かる時になんて言ったか覚えているか?」

 

 大体いつもこうなる。

 

 

『いいか、なんでも誰かに答えを求めようとするな。
まずは自分の頭で考えろ。それができりゃあ、まずはなんとかなるさ。』

 

 そう最初に言われたのはちょうど一年前、
僕が十歳になったばかりだった。

 

「お、来た来た。
メル、ペンを出してくれ。」

 

 

 は、はい、お師匠。
台の下にある小さな木箱から取り出す。

 

「やれやれ、どうだい商売は?」

 

 はっはっはと笑いながら迎えるお師匠。
恰幅のいい行商人のご来店だ。

 

 

 腐れ縁だと聞いている。

 

「ノスで地滑りだな。
あっちだとしばらく贅沢品は厳しいな。」

 

 これから冬を迎えるというのに。

 

 

「じゃあ小麦か?」

 

「いや、国境がな。」

 

「ひどいな。」

 

 

「―― どうだい。なかなかいい皮だろう?」

 

 

 そうだなあと手にしつつ師匠が唸っている。

 

 

「どれだけある?」

 

「全部で53枚だな。」

 

「それで、いくらで売るつもりだ?」

 

「銀4枚ってところだな。」

 

「おいおい、去年は2枚だったろうが。」

 

「言っただろ、今は大変なんだよ。」

 

 

「そういやなあ、イリスに行くのか?」

 

「そのつもりだ。
冬だろう?これからだからな。」

 

「ああ、あっちの祭りは見ごたえがあるからな。」

 

「商売もな。」

 

「ははは、違いない。」

 

 

「木炭を持って行かないか?」

 

「あるのか?」

 

「ああ、ウエスから来た新入りが知識持ちで焼いているぞ。」

 

「へえ、あっちはなかなか行かないから話が聞きたいね。」

 

「紹介しようか?」

 

「頼む。」

 

「皮はそうだな、イリス通貨で払おうか。」

 

「本当か?そりゃ助かるよ。」

 

 

「そういや、跡取りが生まれたんだったな。
改めておめでとう、ほれ、お祝いだ。」

 

 

 そうして荷台から出てきたのは、大きな肉の塊だ。

 

「じゃあ、今日はこれで飲むか!」

 

 

「おおし、おーいみんな、行商人のラナフがうちの息子の誕生を祝ってくれているぞ!」

 

 おお!と周囲の露店の商人たちの耳に師匠の声が届くと、わらわらと集まり始めた。

 

 

「―― メル、裏できっと聞いているはずだが、アンナと息子を呼んできてくれ。」

 

 

 はいっ

 

 

 騒がしいが、思い出に残る夜だ。

 

 思い思いに何かを持ち寄ってくれる。

 

 さあ、明日の朝ばかりはお腹がすいて目が覚めることはないだろう。

 

 

 

※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は架空であり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。

 

 

 そうそう、これでラナフさんの名はますます近所の人達に知れ渡る。ラナフさんにとって一番の収穫はお金だけとはならなかった。

 

 

 師匠が最初に言っていた言葉は ――

 

 

※この作品は2024年8月18日にnote.comに掲載したものです。