私なんかがそんな人生を送っても良いんだろうか。

 

 

 あの時のおまわりさんで、ずいぶん年上の彼がプロポーズしてくれるなんて思いもしなかった。

 

 

 二十代の頃に流されるまま、求められるままの人生で思い出したくもない過去ばっかりな上に、自分の子供まで死なせた人間なのに。

 

 

 娘にも父にも顔向けできない私は、母まで失ってしまった。

 

 

 確かに死ぬ権利は誰にでも与えられるようになったものの、そんな噂が地域で広まれば、身内の私に世間の目は厳しい。

 

 

 区役所からは働けるなら働いてとせっつかれるが、こんな過去と経歴の私に居場所なんて早々見つかりはしない。

 

 

 仮に運よく見つかっても、自分たちのコミュニティにちょうどいいストレス発散の対象物でしかない異物が入ってきたような扱いだ。

 

 

 誰かをおとしめることで、もともとのコミュニティは円滑に機能するらしい。

 

 結果、役所にお世話になったり、また抜けたりと繰り返してきた人生だったが、もういい加減それにも決着をつけようとやっとの思いで出向いた警察署に彼はいた。

 

 

 そして、私に死んでほしくないと言ってくれた。

 

 

 そんなことを言ってくれる人間がこの世にいるとは。

 

 

 

 なぜ、彼は私にこんなに良くしてくれるのかわからないが、彼の言葉が生きるただ一つの道筋になっていった。

 

 

 警察官である彼の紹介で火葬場の仕事に就く。

 

 

 経済的にも余裕が出た私は、それまで住んでいた地域から引っ越すことができたのだ。

 

 ようやく、あの地域から逃れることが出来た。

 

 ゴミを出すことすらままならなかった。

 

 

 

 人間は、自分よりも確実に劣る、見下せる人間を見つけると容赦がない。

 

 それは中身がない人間ほど顕著なようだ。

 

 そうして自分はこいつよりはマシだという、居場所を確保したいらしい。

 

 

 どうせあの時に無くなっていた命だ。

 

 

 彼には何か恩返しをしないと、それこそ死んでも死にきれないだろう。

 

 向こうでそれこそ父親に怒られてしまう。

 

 俺はなんのために死んだんだって。

 

 

 私は彼のプロポーズを受け入れて、共に生活することにした。

 

 こんな私でもいいのであればと。

 

 

 しばらくして、彼との子供を授かる。

 

 女の子のようだ。

 

 

 彼はこの年で子供を授かれるなんて思いもしなかったなんて言っていたが、それは私も同じ思いでいっぱいだ。

 

 

 また子供を授かれるなんて考えてもいなかった。

 

 彼の両親はすでに他界しているので、この子におじいちゃん、おばあちゃんはいない。

 

 

 せめて私の両親が生きていればと思うが、それを成そうとするなら私は子供時代からやり直さなければならない。

 

 

 最も、そうなると彼と出会う事はなかっただろう。

 

 

 過去の事はいいと受け入れてくれた彼に感謝をするしかない。

 

 

 この子だけは、あの子の分まで精一杯守ろうと心に決めた。

 

 

 彼の職業は人間の闇を扱う。

 

 

 私も、かつてそのお世話になろうとした一人だ。

 

 

 そして、どういうわけか人間の最期を片づける仕事をもらった。

 

 

 純粋に死を悲しむ遺族もいれば、待合室ですでに遺産相続の話で揉めている人たちを目の当たりにする。

 

 

 私たちは、一線の向こうでそれぞれの立場から俗世を観察している。

 

 

 

 この子は人間の真実から目を背けることなく、強く生きていって欲しい。

 

 そう願いを込めて、二人の名前から一文字ずつ取って「由実ゆみ」と名付けることにした。

 

 

※この物語はフィクションであり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。架空の創作物語です。

 

※この作品は2024年4月4日にnote.comに掲載したものです。