子供を死なせた。
罪を告白するように打ち明けてくれる。
彼女が思い切って発した言葉に、何と返していいかわからない。
この場面でなければ、他人にこんな話をすることはなかっただろう。
外から入る陽の光はとうになくなり、コーヒーの香り漂う店内の明かりが棚に並ぶウイスキーボトルを照らしている。
入り口から少し離れた窓際の席が人気で、お客さんがパスタやハンバーグといった料理を楽しんでいる。
これらの料理が美味しいと名が通っている店でもある。
彼女をひとまず送り出して、退勤時間までどんなに長く感じたことか。本当に来るかどうかわからないのに。
もう二度と顔を見ることはないかもしれない。
気まずければ、他の警察署に行けば済む。
そうなると、自分に出来ることはもう何もない。
ようやく迎えた退勤時間、同僚から声を掛けられるものの、この後は用事があるからと、軽く受け流す。
めずらしいなと笑われ、ちょっとムッとしつつも、こんなこと明らかになったら後日責められるかもしれないと内心びくびくしている事を悟られないようにそそくさと裏口から出た。
そうして外を見渡すも彼女の姿など無く、ともかく指定した喫茶店へ駆け込むようにして入って今、窓の外からでもわかるようにカウンターの席に座り、彼女を待つ。
この店は少し広いので、店内のジャズBGMに紛れるように奥のボックス席で話せばいいだろう。
問題は本当に来るかどうかだ。
あの状況で仕方なかったとはいえ、咄嗟に出た提案だ。
もしかして、伝わっていなかったか。
さすがにマスターが席に着くやいなや出してくれたお冷だけでこの時間を耐えることはできない。
コーヒーを注文する。
ようやく落ち着いてきたところで、カウンターの椅子は少し高いので店内が軽く見渡せることに気づく。
すると、一番奥にそれらしき人物がうつむいて何かを待つように座っているのに気づいた。
あっと身体が反射的に反応する。
マスターに奥の席に移ることを告げて、彼女の元へ向かった。
よかった、いてくれたか。
そう思わず彼女の前で声が漏れてしまった。
少しの間きょとんとしていたが、彼女の身体から緊張が抜けていくのを感じた。
簡単なことは署の説明室で話してくれていたが、改めてそうか、子供がいたのかと当時聞いた話も併せて思い出す。
単純にあの時もこの時も頭がいっぱいだったので、改めてここで聞く話は新鮮だと、そのまま伝えた。
当時はこんなに若いのに、そんないくつも歳を数えることが出来る子供がもういるのかと思った。なのに、あんな夜の公園で途方に暮れている状況が理解できなかった。
身元を引き受けに来た彼女の母親も、うちの娘がすみませんというばかりで、詳しい事情は知らない。
事件であれば話は別だが、そこまで踏み入ることはできなかった。
その母親も、すでにあの地下で先に逝ったという。
わからなかった。
おそらく非番の時だったかもしれないが、気づかなかっただろう。
署で日誌や履歴を調べればすぐにわかる。
違う、彼女の話を裏付けている場合じゃない。
それはなぜかと少しずつ聞いていく。
彼女は色々な感情を混ぜながら、一言ずつ打ち明けてくれる。
傍から見れば、まるで自分が泣かせているようだが、幸い誰かに見られているような様子はない。
ちょっとした衝立があるので、個室で話しているような感覚になる。
子供を失い、次いで母親も失った彼女が自分の身の価値はないと思い込み、あの場へ来るには十分だという理由をようやく理解した。
かけてあげる言葉なぞ見つかるわけがない。
署で聞けた話をわざわざこうして席を設けてまで聞こうとした自分の欲を今告げる。
私は君に死んでほしくない。
しばらくの沈黙が流れ、彼女はこんな私にそんな価値や資格なんかないと言い張るが、その価値を知ってほしいと言うと、彼女はただ声を殺して泣くだけだった。
ただ、彼女がここにこうして目の前に座っている。つまり、道はあると何の根拠もないがそう確信できる自分がいた。
これから毎週、ここで話を聞かせてくれないかというと、彼女は涙を拭きながら少しだけ笑って頷く。
マスターが淹れてくれた今日のコーヒーは、少しだけしょっぱかった。
※この物語はフィクションであり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。架空の創作物語です。
※この作品は2024年4月2日にnote.comにて掲載したものです。