能楽シテ方金春流 髙橋汎師が逝去。享年94。
髙橋汎師は自分にとって金春流の地頭としての想い出が最初に浮かぶ。
個人的に金春流の地謡はコロナ禍で変わったと思っている。髙橋汎師の地頭の地謡はコロナ禍前の金春流の太い息の地謡を体現してくれるものであった。太く呂の広がりのある朗々した地謡。
観能するときに番組で地頭に髙橋汎師の名を見つけると、この能は結構なものになるだろうとにやにやしていた。
もちろん、コロナ禍以降の金春流の地謡も好みであったりする。宝生流に少し近いハリが加わって今の金春流の舞台の表現に合っている。髙橋汎師の息の髙橋忍師や、辻井八郎師の地頭の地謡は、自分の好物でもあるのだ。
他の流儀で無理矢理例えると、金春流の髙橋汎師は、喜多流の粟谷菊生師みたいかな。
もちろん地謡の感じは違っていて粟谷菊生師の直線で切先が鋭く伸びのある地謡に対して、ふくよかな太い息の広がりの髙橋汎師の地謡。共に芯があるのは共通している。
シテ方としての髙橋汎師の舞台で、今でもすぐに思い浮かぶのは、〈三輪 三光〉
この小書はシテ方金春流七十九世宗家、金春信高師が作られたものと記憶している。他の流儀の三輪の小書も位が高くなるものがあるけれど、三光も例に漏れず通常の〈三輪〉よりも位が高い曲。
金春会で髙橋汎師の〈三輪 三光〉を観能したときの神々しい舞台空間が忘れられない。
自分が観能した髙橋汎師の最後の舞台は、伊勢神宮内宮参集殿舞台での仕舞〈東北キリ〉。梅の濃厚な香りが髙橋汎師の身体から舞台全体に充満していた。奥行のある梅の香り。
本来、師は〈関寺小町 古式〉を舞う予定であった。
病気のためにシテ方金春流八十世宗家、金春安明師が急遽代演したのだ。(関寺小町 古式は弟子家が関寺小町を舞うために金春安明師が新たに作った小書。詞章が一部分だけ違う。 小書無しの関寺小町は金春流宗家のみが舞う事となり、金春安明師は関寺小町の再演で小書無しを舞った。自分は観能出来ず。)
髙橋汎師の〈関寺〉はどんな舞台になったのだろうか。観能したかった。
心よりご冥福をお祈りいたします。
