私は、あやこ32才です。

32才までが名前なので、

来年も再来年も32才です。

息子3人います。

小学4年生、2年生、年長さん。

平成1桁ババアの日々を書きます。

それではどーぞ🥳





昨日、23時過ぎまで仕事してた。



どうしても、会計の帳簿が合わなかった。



同僚と一緒に、何度も数えて。



本当に頭が痛かった。



帰ったのは、12時過ぎで。
こどもたちは、まだ起きてた。
私が、夜更かししちゃダメでしょ、早く寝なさいと小言を言うと、息子が言った。
「ママだって、仕事してて、夜寝るのが遅いじゃないか。」



翌日、息子がまた言った。
「ママはお金がほしいから沢山残業をするんだ」
「ママは働きすぎだ」



あさ、仕事に行くと、原因が分かった。
原因は、同僚の入力ミスだった。
すっごい単純な入力ミスだった。



あやこさんの時間を返してほしいよね、と誰かが言った。
こどもたちが寂しく私を待ちわびていたあの時間は、もう帰ってこない。
同僚に腹もたたない。
そのうち、イライラするんだろう。



安心と空しさ。
落ち着けあやこ、32才。
今日は、春なのにすごく暑い。





    

私は、あやこ32才です。

32才までが名前なので、

来年も再来年も32才です。

息子3人います。

小学4年生、2年生、年長さん。

平成1桁ババアの日々を書きます。

それではどーぞ🥳



もう募集してないけど、マリコ先生のライティング講座を受けたんです。

マリコ先生ってこの人です。

マリコ先生のインスタ



ピンクの髪の人がマリコ先生


今、セッション募集してるって。(もう埋まってたらごめん)

https://ameblo.jp/tarot5149/entry-12964552320.html



ライティング講座受けたのが、確か、1年近く前!
Zoomでの直接指導の予約が中々いれられず(私の無精のせい。余裕がないって後回しにしてた)
先日、ようやく、受けました。



笑って、笑って、笑って、
反省して、Zoom中に、ブログの名前も変えました。いぇい(・∀・)v



正直、今、マリコ先生と話せたんだぜ~って調子乗ってます。
直接教えてもらったんだぜ~って調子乗ってる。



だから、もう間違えないんだぜ~って。
調子に乗ってる。
サーファーの如く。
ロデオの如く。
そう、私こそがイケイケのババア。



でも、知ってる。
三か月後には「あのときは、もう絶対間違えないって思ったのに~😭」
「なんで間違えるの~😭」
「なんで上手くいかないの~😭」
と私は泣いている。
そんな未来が見える。
占い師の如く。
スーパーデイトレーダーの如く。
そう、私が御船千鶴子。
(御船千鶴子で伝わるか?w)



プロが読むと、その人の心理状態が文章から滲み出て、読み取られるみたいよ。マリコ先生、エスパーみたいに、教えてくれるよ。エスパーまみ、いや、エスパーマリコ。



え、私がなんて言われたかって?
「バタバタ騒いでるうるさいお母さん」
って言われたよ(^∇^)



「落ちはきれいに丸く納めてるけど、全然そんなことない。バタバタ騒いでる」
って言われたよ(^∇^)




ぜぇーーーんぶ、バレてらぁ!🪽🪽(^∇^)🪽🪽



「自分で楽しいって思った内容でどんどん書いていけば、そのうち、他人が読んでも面白くなる」
「バタバタ騒いでるなら、そのまま書けばいい」ってアドバイスをいただいた。



これからは、落ちは気にせず、かっこもつけず、ブログを書こうと思った、あやこ32才。


🪽🪽(^∇^)🪽🪽


🪽🪽(^∇^)🪽🪽


🪽🪽(^∇^)🪽🪽


🪽🪽(^∇^)🪽🪽
🪽🪽(^∇^)🪽🪽
🪽🪽(^∇^)🪽🪽
🪽🪽(^∇^)🪽🪽
🪽🪽(^∇^)🪽🪽
🪽🪽(^∇^)🪽🪽
🪽🪽(^∇^)🪽🪽
🪽🪽(^∇^)🪽🪽
🪽🪽(^∇^)🪽🪽



    

私は、あやこ32才です。

32才までが名前なので、

来年も再来年も32才です。

息子3人います。

小学4年生、2年生、年長さん。

平成1桁ババアの日々を書きます。

それではどーぞ🥳



今日は、マジで無理。

やさしいニコニコママなんか糞くらえだ。





なにが、ニコニコママだ。

きもちわりぃ。


私は今ムカついてんだよ。


朝早く起きられるから、夜遅くまでゲームさせてって言う息子を信じて、気のすむまでゲームさせて。
 

そのあと、宿題をやりはじめ。
寝たのは、夜0時。



やっぱり、翌朝、起きられず。
私が家を出る時間に間に合わないと声をかけても、YouTubeを見ながらダラダラ飯を食べ。
YouTubeを止めればワーワーと文句を言い。



ムカつくので、小学生組のことは待たずに、
三男だけ連れて保育園に送っていったわ。



出るとき、大声で
「朝起きられてねぇから!」
「準備間に合ってねぇからな!」
「それを、朝起きられてないってママは言ってんだよ!」
「夜更かしすんな!今日のこと忘れんなよ!」
って怒鳴ったわ。



落ち着けあやこ、32才。
どしゃ降りだけど、今日は給料日。

私、この人と話したことある。



私、この人と話したことある。



私、この人と話したことある。(自慢)



へへっ、この人、すげぇ~人なんだぜ。



塾の先生なのに、
「小学二年生は、塾身体作りに専念しなきゃいけないんだから、座って勉強してる場合じゃないのよ~!」
って平気で言うんだ。



塾の先生なのに、
本当に、小学二年生の入塾を断るんだ。



塾の先生なのに、
「あやこ32才さんって、こども時代、お母さんやおばあちゃんから、すこやかクソ牛乳を飲まされて、過ごしたの。
あやこ32才さんの親も、すこやかクソ牛乳を飲まされてたの。
みんな、すこやかクソ牛乳を飲まされた。
だから、あなたの自尊心がクソなんですよ~(^^)
って言ってくるの。




…すこやかクソ牛乳ww



意味分かんないよねw



気になるでしょ、気にならない?w


(ChatGPTに画像作ってもらったw)



私がセッションを受けたのは、2年前。
そこからさらに進化してるって。
なぜ秒でセッション枠が埋まらないんだ?!



学ぶことが好きで、
頭でっかちで、
発散より先に理解が進んでて、
長女タイプで、
自分は頭良い方って思ってる人におすすめだよ。
(これ、ぜぇーーーんぶ、私のこと(^^)!)



あなたが持ってるクソ価値観を、爽快にぶん殴られて、笑ってもらってくださいw



ChatGPTは優しいけど、ぶん殴ってはくれません。
毎日やり取りして、プロンプト(ChatGPTへの指示)のこつも掴んで、ナリ心理学の用語をChatGPTに訳して伝えて、誤訳をさらに訂正して、また正しく理解させて、それから頼んで、ようやく、優しくビンタしてくれる程度。雑魚カウンセラー。



マリコ先生は、一緒に笑って、泣かせてくれて、手を引いて前提を書き換えようとしてくれる。
しかも、セッション終わったあと、何ヵ月経っても、LINEすると返ってくる。



もう一度言います。
学ぶことが好きで、
頭でっかちで、
発散より先に理解が進んでて、
長女タイプで、
自分は頭良い方って思ってて、
払えない金額じゃないけど
迷ってるなぁ~って人におすすめ!



朝5時にLINEしても、1時間後には返ってくるよ!ww
マリコ先生、寝てない説

今朝、ふと、納得したことがある。

地域や保育園で行っている子育て支援の取り組みとして縁側カフェがある。


縁側カフェのイメージ図


保育園の空きスペースに子育てをしているママや地域の方が集まって、みんなでワイワイしながらくつろぐスペースだ。




私の近所にもあった。

でも、私は、そこに行けなかった。

断られたからではない。

私が行くのを拒んだからだ。




私の子育ては孤独だった。

その理由が、縁側カフェに行けない理由と一緒であることに、今朝、気付いたのだ。




縁側カフェに一度だけ、お邪魔したことがある。

そこでは、私以外のママさんたちが、楽しそうにお喋りをしていた。




私はそれをみて「私は仲間にいれて貰えないな」と思った。

「私なんかとは、誰とも仲良くして貰えないな」

「意地悪されたら嫌だな」

「仲良くして貰うために、頑張らないと」

「子育てで疲れてるのに、さらに疲れなきゃダメなのか」




楽しそうに話す人を見て、ここまで考え、

そして、ドッと疲れたことをまだ覚えている。




縁側カフェの案内をしてくれている施設の方の顔をみながら、愛想笑いをしつつ、



「じゃあ、子どもと2人きりでいいや」



と、地域との繋がりを心で絶ちきったのは私だった。



私は、自分から孤独になる選択をしていたのだった。

だから、私の子育ては孤独だったのだ。




自分が拒否されるのが怖くて、

孤独に堪え忍ぶ方を選んだのだ。




私が嫌われやすいから孤独なんじゃなくて、

私がつまらないから孤独なんじゃなくて、

「私はどうせ拒否される」「そのままの私じゃ好かれない」という前提が、

拒否をされるという架空の恐怖を作り、

人と繋がることを拒否していた。




子育てする前も、そういう生き方だった。

子育てで孤独になったんじゃない。

前から孤独だった女が、自分の人生から逃げる方法として、たまたま、子育てを選んだだけだった。




そりゃー。大変なわけだ。辛いわけだ。楽しくないわけだ。

私と同じ状況なら誰でもそうなる。




という、今朝からとても、腑に落ちた話。




なーーーんか、
私より絶対頭悪くて、
私より絶対要領も悪くて、
私より可愛くなくて、
私よりお金も持ってないのに、
私よりずーーーーーーーーーっと幸せそうっていうか
生きるのが楽そうで
人から好かれてる子がいて。


私は、その子が嫌いで。


でも、その子は私に「ゴリラちゃんってやっぱり面白いね!」って言ってくれて。


要領も頭も悪いのに、挑戦して、仲間もいて、なんか楽しそうで。


私は、周りから頼りにされたいから、たくさん頑張って、頭良いふりして、性格良いふりして、自分を押し殺して振る舞ってるのに。


その子みたいになれなくて。
その子みたいに、楽しく生きてみたいって本当は思ってた。


きっと、その子は、脳内の自分と現実の自分が一致してたんだと思う。
だから、出来ないことがあっても卑屈になる必要がないし、
自分より出来る人のことを自己卑下も無く素直に尊敬できるし、
誰かより価値のある自分になろうとする必要もなかったんだと思う。


私が辛かったのは、脳内の自分がとても高くて、現実の自分と解離してたから。



いまは「ま!私のレベルならこんな失敗は当たり前さ~!」が合言葉ニヤリ

出来ることを増やそうと思って、

最近の私は仕事の引き継ぎを頑張っていた。




役に立てるようにしよう、

分からないストレスを減らそう、

自分の万能感を楽しもう、

そんな気持ちだった。




と、同時に、引き継ぎ中、イライラしていた。

なんでもっと早く引き継ぎ進めないんだよ。

なんでもっと早めに引き継ぎしなかったんだよ。

もっと危機感持てよ。

なんでこんな効率悪いやり方してんだよ。

ちゃんとしろ。

ちゃんとしろ。

ちゃんとしろ。




イライラする度に、嫌な気持ちになった。

このイライラが相手に伝わっていたら、失礼だし、申し訳ないと思った。




イライラする度に、相手を嫌な人に仕立て上げた。

相手が悪いんだ、相手が変われば良いんだと思った。




私の向上心は素晴らしいんだと思った。





でも。やっぱり、私は、イライラしてると楽しくない。





同じ職場で働く相手を無理やり悪者にしたって。

そんなの、私は、楽しくない。




今もやっぱりイライラはする。

相手を悪者にして、話を終わらせたくなる。

とても攻撃したくなる。

私は、この感情を、「レベルの高い向上心」「シゴデキゆえの悩み」という耳障りの良い言葉で正当化していた。

(自分で書いていてとても恥ずかしい。)




向上心は悪くない。

正当化しているから、歪むのだ。

素直に言おう。

私は、引き継ぎのテンポがずれると、イライラして、相手の悪口を言いたくなるのだ。

私は、効率の悪いやり方を見ると、無性に腹が立つのだ。私の時間を奪うな!と。被害妄想で腹が立つのだ。





それでも、新しい仕事を覚えるのは楽しい。

出来ることが増えるのは楽しい。




これからも、イライラしながら楽しみながら、仕事を続けたい。

しかし、向上心等という言葉でイライラを正当化して相手を攻撃する理由にするのは、辞めていきたい。

楽しくないから。


きゃーーーー。


私なんてそんなもんって、思ってたことに
気付かなかったわーーーー。


私なんてそんなもん思ってる。



感情を後回しにして、
現実から逃げて、
忙しいフリをして、
自分の感情にも、
こどもの感情にも向き合ってない。



おとなの私「忙しい」
こころの私「ねぇねぇ」
おとなの私「忙しいんだってば」
こころの私「それ、私より大事?」
おとなの私「大事だよ。疲れてけど。やらなきゃいけないんだ。」
こころの私「そう…でも、今、話聞いて欲しいよ。」
おとなの私「ダメ。だって、もう家を出なきゃ」
こころの私「私なんてそんなもんよね。」



大きな悲しみというより、
ザラリ、としたささくれのような痛みだ。
そして、自慢のように、我慢を頑張りや努力などと言い換えてみたりする。
さらには、こどもに、我慢を真似させる。やらせる。
こどもにも、自分の感情を雑に扱うお手本を見せる。




5秒で良い。こころのなかで言ってみよう。
あー、イライラしてるなー、今。
あー、悲しいなぁー、今。
たくさん話を聞いて欲しいなー。
他人と比べて不安になってるなー。
この感情を優先して感じて良いんだよなー。

私は頑張る私が好きだ。

主に仕事を頑張る私が好きだ。

 

 

 

 

仕事が好きだ。

数字がはっきりしていて、

ルールがあって、

誰かが決めたゴールに向かって処理を進めれば

評価がお金になって返ってくる。

 

 

 

仕事が好きだ。

自分の存在承認される。

「ゴリラさん、たくさん頑張っているね」と。

その言葉を、飴玉のように、何度も頭ん中で転がして、束の間の安心感を受け取る。

 

 

 

頑張る私が好きだ。

頑張る私が好きだけど、頑張らない私は同じくらい好きだろか?

 

 

 

 

例えば、仕事で、全然頑張れなくなったら、私は私を好きでいれるだろうか。

私は、仕事中、「あいつ、全然仕事しねぇじゃん。ウザ。早くどっか異動すればいいのに。」と思っている。

そして、「あいつ、仕事しないから、バカにしてもいいよな 」と思っている。

だから、もし、私が仕事を頑張れなくなったら、私の言葉は私自身に刺さることになる。

 

 

 

仕事しない人がうざいのは、正直、自然な感情だと思う。

だって、その人の分の仕事は、誰かが負わなければならないのだ。

しかも、賃金が発生する状況で(自分の労働力を対価にしている)

労働力を差し出さずに、賃金を受け取る人がいることに不満を感じるのは自然。

 

 

 

でも、私の脳内の言葉は、仕事をしない人はバカにしていいとなっている。

その人の存在にまで言及している。

私はその人にとって同じ会社の人間でしかないのに。

私にとって利益になるかならないかで、存在を尊重するかしないかまで決めている。

だから、私の価値観は、機能価値に囚われて、自由度が低く、窮屈で狭苦しい。

 

 

 

辞める方法は3つあると思う。

・必ずバカにすることを徹底して行って、飽きること。

・徹底的に自分を論破して、存在を否定できる絶対的な根拠などないことをド理解すること。

・自分が「できない側」の経験をすること。(新しい趣味を初めて初心者として挫折を味わう。上には上がいて、その人と比べれば自分なぞ未熟であることを知る。など)

 

 

 

頑張る私が好きって言葉は、まるで自己肯定感の言葉に聞こえるが、

条件付きでしか自分を承認できない呪縛の言葉だった。

私が深夜まで残業してしまうのは、自分を承認できる環境に依存しているから。