中世の人のことを考えるのは難しい。
そもそも、死生観が、いまの我々とは、全然異なる。
鎌倉時代に思いをはせてみれば明らかだ。
材木座海岸から由比ヶ浜の一帯には死人がごろごろとしていたという
光景だけをもってしても、彼らの死生観が、いかに想像するだに、難し
いかがわかる、というものだ。
西行もそんな時代に生きていた。
だから、出家の理由についても、小林秀雄のように、不可知と言い切って
しまう方が、よほどいさぎがよい、というものだ。
それは分かるのだけれど、
文献として彼らを理解するのではなく、自分で腑に落ちる形で理解したい、
そんな気がする。
昔、読んだ、森有正の影響かなぁ。
nogawan