昼下がり、いつものように紅茶を煽っていると彼女はやってきた。
「あら。久々じゃない」
ここは魔女の孤島。
この島に、魔女である私と彼女以外には誰もいない。
黄金の蝶たちがひらひらとはためきながら、彼女の影をこの孤島上に描き出す。
舞い降りた影は、黄金蝶の軌跡を軽く振り払うと、礼をしながら帽子をとる。
顔を上げた彼女はまるで氷のように無表情だった。
紅茶の味が悪くなると思い、ティーカップをテーブルへ置く。
「もう二度と来る気はなかったんだけどね」
「追い出されたの間違いでしょう?」
私が冷やかしても、彼女はその無表情を崩さない。
彼女が着ているのは青の地に黒の柄のレース、ところどころ青の糸の刺繍や青い様々な模様の布でパッチワークが施されている。
一年前に会った時とは全く容姿が変わっている。あの頃は髪を腰まで伸ばしていたし、それにこんな、冷徹な表情をする子でもなかった。
「青き真実の魔女、*****。今度は何があったの?」
「話す気はない」
彼女は少し眉を動かしつつも、そっけない返事を返す。
「重症ね。私は暇つぶしの駒じゃないわよ」
「……」
「私たちはあくまで魔女同士だってこと、忘れないで頂戴。あなたは人間になりたいのかもしれないけど」
「魔女の退屈しのぎなんて、暇つぶしみたいなもんだろ」
「そうね。じゃあ、ゲームをしましょう」
その瞬間、彼女は私をにらみつけた。その表情は果たして怒りなのか、恨みなのかはわからないが、強い執念を感じさせるものだ。
彼女の強力な魔力が部屋中を覆う。青く飛び回る蝶たちが彼女の元から大量に湧き出てる。ボロボロと空気が震える音がする。紅茶のカップがカタカタと揺れた。
突如。
ふっ、と彼女は表情を緩めると、全身から気を抜いた。
「……人間には敵わないのかもな」
散り散りになった青の蝶たちが、砂状に消え去っていく。
「私たちは魔女だもの」
私は当たり前のことを、当たり前に彼女に教える。目の前で起きたことすら、私にとっては当たり前の事だった。
魔法が使えたところで、何一つ驚きもない。
人間のように、変化に対して感動もしない。
私も彼女も、魔女として退屈を味わいすぎたのだ。
「そうだな」
魔女になった者は、人間に戻ることは出来ない。
「ふふ、人間になれた、だなんて」
一年前の彼女は、人間になれたといってこの島を去った。
その後、彼女は何度人間になることを願ったのだろう。
そして、何度「人間になれた」と自分に暗示をかけてきたのだろう。
そして、これだけの魔力に何度絶望を感じたのだろう。
「所詮、幻想ってことか」
彼女はツンとした無表情に戻っていた。
「その通り」
ティーカップを持ち、一口だけすする。
それから一息つくと、私は出題を始めた。
「――とある山奥に、駒が家を建てました。その駒は主の命令を裏切って、大金を持ちだしその家に身を隠しました。もちろん主は怒って駒を探しに来たわ。でもね、【駒は見つからなかった】。さて、どうして?」
私の言葉に呼応するように、黄金蝶たちが駒の家を形作っていく。
出来上がった黄金に輝く家。ニンゲンには、目がきっと焼き切れるように眩しく感じることだろう。
「……失望するね」
思った通りの反応を返す彼女。これは思いつきの簡単な出題だった。当然だ。彼女が来ることを想定していたわけではなかったから。
「でも、今のあなたにピッタリな問題よ」
そう、ピッタリの問題。
この島に逃げるようにやってきた彼女を意識して作ったものだ。
「たしかにね、言い換えよう。意地が悪い」
「で、答えないの?」
「……」
彼女は目線を落として黙り込む。
以前の彼女なら、きっと魔弾を全て私に向かって撃ち込み、青き真実で辺り一帯を灼炎にしていたんだろう。
しかし、そんな彼女もこの一年で変化していたようだった。
「リザインするなら――」
笑いかけながら私が促すと、彼女が真っすぐにこちらを見た。
『主は大金を失ったので、主としての資格、権力、財力全てを失った。そのため、駒を探すあらゆる手段を絶たれた。だから、そもそも探せなかった』
現れたのは、青い一匹の蝶。それは、ゆっくりとこちらに向かって飛んでくる。
ひらり、ふわり、とわたしの肩にとまる。
「ふふ、やるじゃないの」
「流石に一手で決めるよ、ちまちまやってても仕方ないだろう」
やはり成長したのだろう。真実の魔女として、その魔力はより一層磨きがかかっているようだ。
「続けてもいいのだけれどね。あなたのその気概に敬服して、リザインしてあげる」
ニコリ、と彼女へわらいかける。
青い蝶は、私の肩からゆっくりと空へ飛び立っていった。
「本当にそうか?赤字がそのまま答えだよ。最後の文章なんて、わざわざ赤字にする必要もない文だ。どうせ君もこれを想定解にしていたんだ。そして、それを気づかせるためにわざと赤字にした」
「ええ、そうね」
私は立ち上がると部屋の窓を閉めた。風が窓を撫でる。ガタガタと音を出す。島の外は真っ暗になっていた。
彼女は青い蝶を散らしながらゆっくりと空へ消えていく。
【だってこんなの、一人遊びですもの】
私がそう呟く頃には、青い蝶たちは、もう完全に見えなくなった。
次に会う時には、彼女はどんな魔法を見せてくれるだろうか。