コロナで在宅が増え、不要品の処分や家の片付けをしている人も多いと思う。
わたしもその一人で、思い出の品を処分している話。
はじまりはこちら
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リビングの食器棚で長年スペースを占領していた思い出の品は、
アメリカ生活で買った和食器風の大鉢と同柄の皿2枚だった。
ついつい購入当時のことを思い出してしまったので
先にそのことを書きます。
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私がアメリカで生活していたのは90年代後半。
異国にいると故郷が懐かしくなるもんで、
あの頃私は日本のなにもかもが恋しくてならなかった。
駐在家族が日本から持ち込むような和食器群を持っているわけもなく、
「割れてもいいから」と母がもたせてくれた飯碗や小鉢、
帰国する人から譲り受けたものを使っていた。
細々したものが中心で、大皿はもっていなかったように思う。
住んでいたのは西海岸だったから
センスのいい和食器のひとつも買えそうなものだが、
当時は日本の100均で売っているような(昔だからクオリティいまひとつな)
醤油皿みたいなものか、
九谷焼などの高額なものが中心で、
手頃には手に入れることができなかった。
そしてその頃
私はなにか英語に関係なくできる趣味をみつけたくて
近くの大学が一般にも開放しているart studioで
陶芸を習っていた。
食器棚で眠っていた大皿は、スタジオの先生・ジョンが、
年に一度の地域のお祭りで販売していたものだ。
ジョンはひょろっと背が高く、顔の小さいモデル風のイケメン。
40歳前後だったと思う。
西海岸の能天気さはなく、繊細でアーティスティック。
日本のカルチャーをリスクペクトしていて、
いつもやわらかい笑顔と
誰にもやさしく、わかりやすい英語で話しかけてくれた。
スタジオには日本人の奥様方も多く通っていたが、
ろくろを回す手を支えて、
こんなふうにね? とウィンクされると、
studioでは陶芸用に用意された土を安く買うことができて
皆おもいおもいの品をつくっていた。
ジョンも指導の傍ら、自分の作品をつくっていたけれど
今思えば販売用の作品作りの傍ら、
指導役をやっていたというほうが正しいのかもしれない。
ジョンのモミジ風和皿のシリーズが出来上がっていくようすは
studioで眺めていた。
値段は大鉢で60ドルくらいだっただろうか。
決して安くはなく、それなりの値段だったように思うが
記憶は定かでない。
それを大学街のストリートフェスで買ったとき、
ジョンはあたりまえだけどすごく喜んでくれた。
友達と呼べるアメリカ人はいなかったあの頃、
先生と生徒という関係よりは一歩近くなれた気がしたのだろう。
わたしはとてもうれしかった。
(つづく)
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