コロナ在宅で、思い出の大皿を断捨離した話。
<その1>
<その2>
アメリカ生活で出会った陶芸の先生、
ジョンの和風な大皿を購入。
それから何度使ったことだろう。
帰国の際はバスタオルにくるんで大切に持ち帰った。

その鉢はしかしアメリカンで、でかいだけでなくぶ厚く重い。
アメリカの食卓で、パスタやサラダ、チップスなどを
どさっと盛るには映えるのだが、
日本でほかの和食器と合わせるとチープ感が際立ってしまう。
東京の二人掛けの小さなテーブルでの生活では
出番がなくなり、年に1−2回取り出しては、
「ベストじゃないけど、まぁいっか」的な使い方をしていた。
だから食器棚のいちばん下にスペースをとっているこの皿のことは
いつも胸にひっかかっていた。

「もし引越しをするとしたら
この大皿を連れていく?」
身軽になっておきたい。
いつでもどこへでも旅立てるように。
答えはNOなのだった。

それでも捨てられなかった。
帰国直後、今よりもっと狭い部屋にいたときも、
その後何度かの引越しの機会にも、
わたしはこれを手放さなかった。
見返すとよみがえるあの日々。
今度は日本に不適応に
でかく無骨なさまが、
アメリカでの私のでこぼこ生活を象徴しているようだった。

広いアメリカで、しがらみもなく自由なはずなのに
大勢の学生でごった返すキャンパスを横切ると
地球にたった一人のような、果てしない孤独感に襲われ
どうしようもなかった。
あのstudioでジョンと接しているときだけは、
根無し草のアジア人じゃなくて、
日本人としての自分に価値を感じられた。
そんなどこか苦みまじりのがんばっていた時間を
形でとっておきたかったのかもしれない。

といっても、もう20年も前のことだ。
20年... 




時間は十分に流れた。
断捨離の提唱者・やましたひでこさんの言葉が頭に響く。
思い出の品が捨てられないのは、
輝いていたときで時間を止めてしまっている。
現実をみつめ、不要となったものを処分すると、
時計の針が再び動き出す..

そしてわたしは捨てました
写真を撮って、画像はEvernoteに保管です。

時間を止めているつもりはなかったけれど
もし新しい時計が動き出すとしたら、
これからどんな時間になるのだろう。
今はないお皿が、背中を押してくれていた。
ジョンの大皿はこれデシタ。直径30センチくらいの大鉢と、お皿のセット。
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