ほとんどの人は、石橋を叩いて渡る。
だが、石橋を叩き過ぎて壊してしまい渡れない理由を正当化する人も多く存在する。
普通の人は石橋は叩いてから渡ろうとするが、それによってヒビが入っている事が分かり渡り切るまでは微妙だったなら、そこでまた決断を迫られる。
途中で落ちそうだからヤーメタ!と、渡るのを止める人は多いと思う。
また、怖いけどみんなが渡るなら大丈夫か!と、渡ってみたなら多くの人が崩れる橋と共に落下も。
周りに左右されて失敗することは後になって後悔する。
自分の人生なのだから、人任せになんかしたくないよな。
なのに結構周りに左右されて行動する人は多い。
本来の自分でいる為に、信念は貫き通す人生なら後悔しない。
だから俺は石橋を叩く暇があったら渡っちゃう。
渡った先に行ってみて思ったのと違っていた場合、周りからは失敗したと言われるだろうが、それは失敗ではない。
人生に失敗は無いから。
他人が言ってくる失敗とは、ただその先に進むまでの試練だったり、学び。
自分では何も挑戦したことが無い奴に限って、それは失敗だとか潰しにかける言葉を吐いてくる。
他人に失敗と思われた先には、渡った者にしか見えない景色があり、そこからまだ先があった場合ならまた新たな道に出会うことが出来る。
自分しか知らない道にいくつ出会うかで、より深い人生となるだろう。

