その日、夕方出勤してフロントに入ると、何やらバックオフィス全体がざわついていた。
代表室に支配人とマネージャーが深刻な顔をして入って行くのが見えた。
この日、ナイトのパートナーは藤田さん。
2人でフロントカウンターに入って行く。
「おはよう!」
「あ、おはようございます。」
カウンターにはバイトの瀬戸さんしかいない。
「1人?他の人は?」
「トイレです。」
「そっか、引き継ぎ何かある?」
「あ、特には無いと思います。」
「そっか、じゃあ、あがっていいよ。お疲れ様〜。」
すると橋本さんがトイレから戻って来た。
「おはようございま〜す」
「おはよ。引き継ぎは無いでしょ?あがっていいよ(笑)」
「はい。あ、聞きました?」
「え?何を?」
「副支配人の・・・」
「えっ?副支配人?聞いてないよ!どうした?」
「昼頃に顔に汗びっしょりかきながら正面から入って来て、拳銃を持った男が追いかけて来るとか何とか言ってきて・・・」と、橋本さんが控えめな声で言った。
俺と藤田さんは顔を見合わせた。
「で?それから?」
「駐車場の出入り口からまた外に行っちゃったんですよ。」
「それから戻って来てないの?」
「はい。」
「マネージャー達は知ってるの?」
「はい、その時の副支配人の声がバックオフィスまで聞こえたみたいで・・・。」
「それで代表室で今なんか話してるのか。」
「副支配人どうしちゃったんですかね?」
「酒臭かった?」
「さあ・・・ビックリしたからお酒の臭いまでは気にならなかったです。」
その時、カウンター内の端っこで瀬戸さんが静かに立ってるのが目に入った。
「あ、ごめん!瀬戸さんあがって。お疲れ様〜。」
「あ、はい!お先に失礼しまーす。」
すると橋本さんも「じゃ私もあがりまーす。」
「ダメだよ!副支配人が戻って来るかも知れないから待ってなよ(笑)」
「やだ〜(笑)」
「ハハハハ、お疲れさん(笑)」
その日以来、副支配人の姿は見られなくなった。
マネージャーによると、その幻覚症状の事が致命的となりクビになったという。
開業準備室にいたシラフの頃、優しくて我々の気持ちが分かり経験豊富な、頼り甲斐のある上司だと感じていただけに、ホテルマン生活の中でもかなりショッキングな出来事であった。
〜つづく〜
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