我々BARのスタッフは、ロッカールーム内にある大浴場!?で汗を流してから帰るのがルーティンだった。
従業員の通用口を出ると、歩道に半分乗り上げたプレリュードと大谷さんの姿が目に入った。
「大谷さーん!」
「おう、お疲れ。」
大谷さんは早稲田大学4年生で26歳のアルバイトなのだが、なぜか上の人間に好かれていて稲垣さんら社員よりも信頼が厚く、19時から23時まで毎晩入っている白いスーツ姿のコンパニオン達からも頼りにされているという、新入社員の俺からは不思議な存在だった。
「いつもここに路駐してて捕まらないんですか?」
「捕まったよ。」
「えっ?」
「前はな(笑)だからタイヤにチョーク付けられてないか、夜中にちょくちょく見に来てるよ。」
「えーっ?ホントですか?」
「ああ、トイレ行くついでとかな。」
「チェックされてたらどうするんですか?」
「そしたら内田さんに言って地下の駐車場に入れるんだよ。」
「内田さんに言えばいいんですか?」
「ああ、内田さんも車だし一緒に入れたらフロントにピッチャーに生ビール入れて差し入れして、駐車券に無料になるハンコ押して来てもらうんだよ(笑)」
内田さんとは34歳でHホテルでもBAR一筋のベテランなのだが、一度辞めて戻って来た出戻りのせいか、丸山マネージャーより歳上なのに上から4番目のタイトルであるキャプテンウエイターで、仕事なんて8時間ずっと集中してるなんて無理だから、流れの中でココ!っていう時だけ集中すればいいと、後に教えてくれた上司である。
そして大谷さんが最も懐いているのが内田さんであり、プライベートでも2人で飲みに行ったりしていて大谷さんは内田さんのことを、だ〜んなぁ!と呼んでいる面白そうな師弟関係であった。
「俺も車で来ていいですかねぇ?」
「ヤナダ車持ってんの?」
「はい、シルビア乗ってます。」
「なんだよ、来い来い。始発まで待たないで帰れるし、駅まで歩くのかったるいだろ。」
こうして俺も翌日から車通勤となったのだが、この当時の俺は杉並区の浜田山に住んでいて、井の頭通りからすぐ方南通りに入りしばらく走ると、正面にHホテルが見えてくるのが毎日憂鬱になっていくのだった。
〜つづく〜