中でも、某一流ホテル出身の副支配人は紳士的な信頼できる人だった。
だった・・・。
ホテルがオープンする前から、フロントマネージャーと副支配人は営業にも出ていて、近隣の企業や警察署などに毎日出向いていたのだが、そのうちに副支配人だけがいつも地元の警察署のマルボウの刑事さん達と飲み歩くようになり、家に帰らず夜中にホテルに戻って来ると空いている部屋に泊まるといったことが増えていつた。
オープンして3ヶ月位した頃から、副支配人の形相が徐々に変わってきて、昼間から酒臭く顔はいつもギトギト脂ぎっていて、我々スタッフと話す時は顔が引きつっていることが多くなった。
そして口調も次第に乱暴な言い方になり、常に手が震えていてそれまで穏やかで紳士的だった人からは信じられない変わりように、フロントマネージャーも手を焼くようになっていった。
事件が起こったのは、ホテルがオープンして半年を過ぎた頃、日中のチェックイン客がまだ少ないゆったりした時間帯だった。
エントランスからロビーを慌ただしく走る足音が聞こえてきた。
それはフロントカウンター目指しバタバタと近寄って来ると、脂汗で顔中がギトギトの副支配人だと分かった。
「拳銃を持った男が追いかけて来る!」と、顔を引きつらせながらロレツがまわっていない口調でフロントスタッフに言った。
スタッフ同士は顔を見合わせてキョトン!とした状態に。
副支配人はふらつきながらバックスペースへと消えて行ったのだが、残されたフロントスタッフは副支配人のあまりにも変わり果てた姿にショックを隠せない様子だった。
それまでの副支配人は、従業員全員の誕生日を記録していて誕生日のスタッフには必ず絵をプレゼントしてくれていたような、お洒落で紳士的な上司だったので、毎日酒に溺れているような姿になった副支配人の姿はスタッフ達にはとてもショックだったのである。
その拳銃の件から間もなくして、副支配人は解雇となる。
アル中だったのだ。
拳銃騒ぎも、それからくる幻覚症状だったらしい。
人は、欲に負けて一瞬で人生を台無しにしてしまうことがある。
どんなに紳士的に見える人でも、欲に勝てない弱い部分は誰でも持ち合わせているのではないだろうか。
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