☆はなのギリホリ日記☆in オーストラリア -51ページ目

Tully ~バナナに泣かされた夜~

ケアンズにて少しの休息後、ケアンズ周辺のファーム仕事がありそうな土地を車で探し回った結果、
ケアンズ周辺は今、シーズンでは無い・・ ガーン

何としても仕事して旅の資金を稼がなきゃ、ワタシら旅始められねーって事で
ゴールドコーストからケアンズに来る途中に通過したバナナの街、タリーに行く事にしました。

※ゴールドコースト~ケアンズ 約1800Km(日本本州を横断できそうな距離ですダッシュ

☆はなのギリホリ日記☆

                 


  こちら、タリーのシンボル、ゴールデンブーツキラキラ(正式名称不明)

  クイーンズランドで一番、年間降雨量が多かったという記念碑らしいよ。


☆はなのギリホリ日記☆


                     

 タリーのメインストリート。

 正直言ってかなり寂れた街って印象㊦㊦( ̄^ ̄労働者の街やね


☆はなのギリホリ日記☆


街にはバナナの街を思わせる看板が沢山バナナ


☆はなのギリホリ日記☆

       バックパッカーの名前にもバナナバナナ


☆はなのギリホリ日記☆


 

↓こちらが1週間滞在したキャラバンパーク。


そして事件!!(大げさ)はここで起きた~~~~~~~~~~~泣



☆はなのギリホリ日記☆

        

 こんな感じのキャビンが沢山置いてあって、テントの設営サイトもある大きいキャラバン



☆はなのギリホリ日記☆

                                    

外に冷蔵庫ぼー


☆はなのギリホリ日記☆  

中は小さなキッチンと奥にダブルベッドがあります。もちろん冷暖房無し。
そして、何が事件かと言うと、、 こちらの写真をご覧ください

  

                                

 3





 2





 1




 ドン


泣きながらラーメンをすする32歳(既に・・・)女子ううっ...!!

ふてくされて、ヤンキー座り汗

☆はなのギリホリ日記☆


なんで、泣いているかというと、写真では伝わりにくいかもしれませんが、

キャビンが超~~~~~~~~~~~~~~~!! 

「ウヮーン」じゃなくて・・・「ウォーン」って犬の遠吠えみたいに泣いてた怒


今まで泊まっていた、バックパッカーやキャラバンパークはあくまでも旅行者用の施設。

そこそこ綺麗で可もなく不可もなく、まぁまぁこんなもんでしょって感じ。

だけど今回は違う・・・・

初めて泊まるワーカー用の施設、外観も何となく汚いし、中もカビっぽい、

引き出しを開けようもんなら虫の死骸とか出てきそう!!ゴキブリ、ネズミは確実にいるガクリキャー

ドアあけたら、すでにトカゲさん達がコンニチワ。

床は泥だらけ

キッチンも油ベッタベタの汚れギットギト、で絶対に使う気になれない↓↓

一応、都会派女子、こんなとこには絶対に泊まれません!という事で大号泣!!

だだをこねてみたものの、既に夜遅く、お金も部屋を見る前に一週間分は払ってしまった・・・・

こんな所で、何もすることもなく、友達もいなく過ごすと思うと、辛くて、辛くて、何より今夜ここで寝るという事が耐え難かったムムム

そんなあたしに、困り果てる彼・・・とりあえず、何か食べ物を与えたら落ち着くと思ったらしく、ラーメンを作ってくれました。泣き疲れて、ラーメン食べその日は寝ました涙


こんなに汚い宿泊施設でも宿泊費は他の通常旅行者用と比べて安いわけではありません。

同じか、もしくは高い場合もあります。

オーストラリアではバックパッカーやキャラバンパーク等の宿泊施設から仕事が斡旋される事が殆どの為、

仕事があるような地域の宿泊施設はこのように汚いのです。

っというか、この後、もっと凄い場所に泊まる事になろうとは、この時は知るよしも無いはなでした。。。ガーン



              料理すると部屋に熱気がこもって暑いっ!!そんで窓開けると虫が入ってくる!!

              よって、パンツ一丁!

              よりによって、タリーに着いた次の日は、はなの誕生日ホールケーキ

              彼が、部屋を大掃除して風船を飾り付けしてくれたよ音符

メニューは、大好きなから揚げラブ目

やっと。機嫌も直って、仕事への意欲が湧いたのでした・・・笑


☆はなのギリホリ日記☆

タリーはバナナ畑が一面にいっぱいキャッ☆


☆はなのギリホリ日記☆

   でっか~~~~うえ
☆はなのギリホリ日記☆


          タリーに来て1週間待ってみたけど、仕事はゲットできず、

          

          仕事がなければファーム地域ではホント何もする事が無い。。

          すでに仕事をゲットしている人達に情報収集してみたものの、

          もし仕事がゲットできたとしても満足行く収入ではなさそうなので、


          そんなこんなでタリーを後にし、来た道を更に南下する事に車


                       



           つづくコスモス










Cairns ~お金の無い旅~


今回はケアンズ編をお届けします。


ケアンズと言えば何と言ってもGBRうお座キラキラ

そうです、世界最大の珊瑚礁群、世界遺産のグレートバリアリーフです!!


・・ただ今回は仕事探しの途中で寄った為にGBRはナシ。。

お金貯めてからまた来ようって事で、お買い物やら食事、市内の観光DASH!


下の写真のお店のSUNFISHさん皆さんおススメですヨ~

韓国人のオーナーで話が面白くて商売上手アップ

ワタシが言った時はコーヒーも出してくれたよーコーヒー

ココでは有名なプラセンタの化粧品を買ったんだけど、日本で買うと1万円くらいするのが、

ななな、ナント!!23ドルでしたビックリマーク安い

しかも、帰りにコアラの気ぐるみ貸してくれて、面白写真撮ってくれましたー

まさに、The観光客!!!


☆はなのギリホリ日記☆


右下矢印こちらはケアンズ市内の観光名物ナイトマーケット内にあるバイキング形式の屋台焼きそば

お皿の大きさで値段が違ってお皿の上に盛り放題!ナイフとフォーク


☆はなのギリホリ日記☆


ケアンズでは結構、日本語の看板を見かけるよニコニコ

☆はなのギリホリ日記☆


下の写真のお皿で大体、10ドルくらいかなかにキャラ弁イセエビ

けっこう欲張って盛ったと思ったんだけど、隣の席をみたら更にすごい人が!今にも溢れそうなくらい盛ってた・・・目が合って、お互い「やるね!」みたいな感じで笑いあってたら、その前を更に、更にすごい人がめちゃめちゃ高く盛って歩いてて、お互い大爆笑!!こんなやりとりも、ここならではにひひ

ナイトマーケットでは他にお土産物屋さん、マッサージ屋さん、蛇使いショーなどもあって、

毎晩盛りあがってるよクラッカー


☆はなのギリホリ日記☆



木陰で休憩アボリジニ-の方々black。ケアンズ市内は多いですねー

木もおっきくて凄いでしょ


※アボリジニ-:オーストラリアの原住民の人々



☆はなのギリホリ日記☆

ビーチサイドでは芝生の上でみんな水着になって日光浴晴れ
こっちでは、みんな暑い日に水着になって公園でゴロゴロしてたりします。
うーん南国フォト♪


☆はなのギリホリ日記☆



☆はなのギリホリ日記☆



                               つづくコスモス



パロネラパーク~天空の城ラピュタを思わせる!?~



            『夢は、想うものではなくて叶えていくもの・・・・

    言葉で言うのは簡単だけど、実際それを形にしていくのは難しい・・・・』


                    今回は「ParonellaPark」ビックリマーク

「天空の城ラピュタ」のモデルになっているとも、言われていて、いく前日にラピュタDVD見てテンション上げて音譜行ったけど、実際は違うらしい(ただ、本当にラピュタの城を彷彿させる。苔が建物についてて、本当に映画の世界みたいだったラブラブ)

しかし、もっと別の、一人の男の熱いドラマがここにあった・・・・



☆はなのギリホリ日記☆


祖母が、寝る前に話してくれる、スペインのお城や貴族にまつわるお伽話に想いを馳せる少年がいました。
少年の夢は「いつか自分自身のお城を持つ事」・・・この夢見る少年がパラネロパークの創設者
ホゼ・パロネラ
しかし、夢とはほど遠い厳しい生活の中で彼は育ちました。

☆はなのギリホリ日記☆


26歳の時にスペインより、オーストラリアに渡り、16年間移民で来た労働者として働き続けました。
ホゼは、どんな辛い時でも、消えない想いがありました。小さい頃からの夢・・・
そしてまだ夢の途中だという想い・・・


☆はなのギリホリ日記☆


彼はある滝を見つけました。そして彼はその滝に強く惹かれ、どの場所からも滝が美しく見えるようなお城を建設したいと考えました、すべての建物、木の植える位置などを計算しました。
そして、ついに自分の夢を叶える場所は、ここだという場所を見つけ、夢への一歩を踏み出したのです。
(上の写真も、建物の真ん中に滝が見えるよ!!!)


☆はなのギリホリ日記☆

ホゼは限られた資金で、自分自身の手で、お城を造っていく事を決めました。
ただ、ホゼの建築技術はないに等しく、彼の設計は紙面上でなく、常に彼の頭の中にありました。


城の建築材料である、土や、土砂を川から運び、外観には、ホゼや、労働者が直接コンクリートを手で塗った指跡が残り、また使われなくなったサトウキビの線路を使う事によりお城全体を強化しました。

お城は、彼の手作りのアイディアと愛情で溢れていましたキラキラ


電力が普及されていない時代に、滝を利用して、クイーンズランド初の水力発電まで作ったのです。


☆はなのギリホリ日記☆

「自分自身のお城を持ちたい」という夢は、いつしか形を変え、「誰もが楽しめる夢のような場所・・・」
1935年「パロネラパーク」として遂にオープンしたのです。

お城には、大広間、映写室、展望台、結婚式やダンスパーティが行われ、連日大賑わいだったそうです。
また、ピクニックエリア、演奏ステージ、テニスコートがあり、
奥さんのマルガリータさんの特製のパスタ、スペイン料理、等も味わえるようになっていました。


☆はなのギリホリ日記☆


恋人達の小道、愛のトンネルなど、恋人達の為の特別な計らいがしてあり、結婚式がよく行われていました。

愛と夢に満ち溢れた、人々に愛されるお城となっていきました。.

☆はなのギリホリ日記☆



しかし、1946年、パーク上流にて土地開発のために切り倒された木々が激しい雨とともに押し流され、パークのほぼ全てが壊滅されてしまいました。


しかし、ホゼは諦めずにパークの再建へと全力を注ぎました。しかし、修復が難しい場所もあり、また度重なる天災の為、何度も何度も修復をし、再び人が集まって来るようになりました。

その後も修復を続けたホゼでしたが、全て修復される事なく、1948年、60歳の若さで病気の為に、最期は妻のマルガリータの腕の中で亡くなってしまいました・・・・・



☆はなのギリホリ日記☆


その後は、妻のマルガリータ、その息子、そのまた息子へと引き継がれていきましたが、1979年におきた大火災により、ほとんどが焼きつくされてしまい、その後の台風などにより、パラネロパークは廃墟化し、人々にいついしか忘れ去られてしまったのです。

が、しかし・・・1993年オーストラリア人のある家族がこの地を訪れ、ホゼの夢と、パークの歴史に感銘を受け、「ホゼの夢を引き継ぎたい!!!」という想いから、パークを購入し、再び皆に愛される場所として甦りました!!


☆はなのギリホリ日記☆


 現在は、クイーンズランド州の観光賞、重要歴史文化財も受賞したそうですニコニコ


The Dreame Continues・・・・ホゼの夢が行き続けるという意味だけでなく、パロネラパークから何かを受け取ったあなたが、今度は夢を形に変えていく時が来たのです。そしてあなたがから誰かが受け取って、夢を形に変えていくのです。(パロネラパークガイドブックより抜粋)


この後旅中、何かちょっと辛いことがあると、2人で

「パロネラさんに比べたら、うちらの辛さなんてたいした事ない!!!」というのが口癖になったよにひひ


                                 コスモスつづく