2 海岸・彼女・記憶
その映画館はひどく古びたたたずまいだった。
東京から電車で3時間と15分を硬いシートの上で過ごして、辿りついたのはおよそ映画館とも呼べぬような廃屋だった。
それは海岸沿いにある─見方によれば廃棄となった海の家─のような様相をしていた。砂浜には紙コップや空き缶、スナックの袋だったり、ビール瓶なんかが無造作に放ってあった。
濃い灰色の砂浜に打ち寄せる濁った海の水が打ち上げられた数々のゴミをさらっては再び打ち上げていた。その光景が、期待に胸を膨らませていた僕にとってどれだけ大きな傷跡を残したかことか。あるはずの蒼い海と足元の指に優しく挟み込まれる砂の感触を僕は感じることができない。それを僕は自覚してしまった。
そして、どこかからか軋む音が響いてきて、僕はその音のする方向に目をやった。波の音に掻き消されそうになりながらも、僕の耳に届く独特なあの音色の先を辿った。それは先ほど落胆したはずの廃屋から聞こえていた。迷うことなくその建物に近づき、ドアと思しき扉を開け、その中へと歩みを進めた。
真っ暗な空間が広がる。でも完全に真っ暗とも言いがたかった。ところどころ、天井や壁から外の光が光線のように漏れ、幻想的な雰囲気を作り上げている。光のあたる地面を見るに、どうやら足元はコンクリートの床で覆われている。色はどこにでもありそうな灰色のものだった。ただ、ところどころコンクリートは欠けていた。歩くたびに感じるのは、無作為に穴の開いた床や、ボロボロと砂利のような音のする響きだった。
「ねえ、いい? 中央の床を一枚剥がすの。そうすればわかるわ」
1週間前に届いた手紙に書かれてあったのは、その科白と僕がするべき内容、そして便箋の下のほうにこの海岸までの小さな地図が手書きで記されていた。
仕事をしていなかった僕は、退屈を持て余す日々に耐えかね、さほどその手紙の意味を考えることもなく彼女の指示に従った。彼女は今ごろ病院の片隅でベッドに横たえているのだろう。最後に彼女に会ったのは確か、2ヶ月前の9月のことだった。それ以来、彼女とは会っていない。正確に言えば会いたくなかった。会えなかったのだ。僕は彼女との約束を破り、そのまま深い眠りについてしまった。眠り姫のように深い深い永遠とも思えるような永い眠りだった。
「いい? 絶対に約束よ。私と一緒に、海岸沿いの映画館に行くの。古くて、寂びれていて、誰も寄りつかない孤島のような映画館。あなたと私とでもう一度復活させるのよ」
「ああ、約束だ」
僕がしてやれるのは、彼女との約束を交わすことくらいだった。たとえ、それが嘘だったとしても。
【続く】
その映画館はひどく古びたたたずまいだった。
東京から電車で3時間と15分を硬いシートの上で過ごして、辿りついたのはおよそ映画館とも呼べぬような廃屋だった。
それは海岸沿いにある─見方によれば廃棄となった海の家─のような様相をしていた。砂浜には紙コップや空き缶、スナックの袋だったり、ビール瓶なんかが無造作に放ってあった。
濃い灰色の砂浜に打ち寄せる濁った海の水が打ち上げられた数々のゴミをさらっては再び打ち上げていた。その光景が、期待に胸を膨らませていた僕にとってどれだけ大きな傷跡を残したかことか。あるはずの蒼い海と足元の指に優しく挟み込まれる砂の感触を僕は感じることができない。それを僕は自覚してしまった。
そして、どこかからか軋む音が響いてきて、僕はその音のする方向に目をやった。波の音に掻き消されそうになりながらも、僕の耳に届く独特なあの音色の先を辿った。それは先ほど落胆したはずの廃屋から聞こえていた。迷うことなくその建物に近づき、ドアと思しき扉を開け、その中へと歩みを進めた。
真っ暗な空間が広がる。でも完全に真っ暗とも言いがたかった。ところどころ、天井や壁から外の光が光線のように漏れ、幻想的な雰囲気を作り上げている。光のあたる地面を見るに、どうやら足元はコンクリートの床で覆われている。色はどこにでもありそうな灰色のものだった。ただ、ところどころコンクリートは欠けていた。歩くたびに感じるのは、無作為に穴の開いた床や、ボロボロと砂利のような音のする響きだった。
「ねえ、いい? 中央の床を一枚剥がすの。そうすればわかるわ」
1週間前に届いた手紙に書かれてあったのは、その科白と僕がするべき内容、そして便箋の下のほうにこの海岸までの小さな地図が手書きで記されていた。
仕事をしていなかった僕は、退屈を持て余す日々に耐えかね、さほどその手紙の意味を考えることもなく彼女の指示に従った。彼女は今ごろ病院の片隅でベッドに横たえているのだろう。最後に彼女に会ったのは確か、2ヶ月前の9月のことだった。それ以来、彼女とは会っていない。正確に言えば会いたくなかった。会えなかったのだ。僕は彼女との約束を破り、そのまま深い眠りについてしまった。眠り姫のように深い深い永遠とも思えるような永い眠りだった。
「いい? 絶対に約束よ。私と一緒に、海岸沿いの映画館に行くの。古くて、寂びれていて、誰も寄りつかない孤島のような映画館。あなたと私とでもう一度復活させるのよ」
「ああ、約束だ」
僕がしてやれるのは、彼女との約束を交わすことくらいだった。たとえ、それが嘘だったとしても。
【続く】