1  真夜中・妻・2008年、暮れ

その映画館はひどくひっそりとした場所にあった。
僕らがその映画館に到着したのが夜中の3時すぎのことで、もちろんのことだけれど人なんている気配などなかった。
僕の隣には結婚して3年になる妻がいて、眠たそうな顔つきのまま僕の右手を握ったまま離そうとしなかった。
映画館のドアを潜り抜けると、ロビーのような場所が広がっていた。ガラスケースが並び、コカコーラの見本カップが飾られてあり、映画の宣伝用のパンフレットが整然と積まれてあった。その中の一つを手にとって、ズボンの尻ポケットに丸めて突っ込んだ。
「こっちだよ」
妻の手を引きながら僕が進んだのは、やわらかい合成革の感触のした分厚そうなドアの中だった。入ると、ひんやりとした空気が身体のまわりを包んだ。
徐々に暗闇に慣れてきたのか、僕らが大体どのあたりにいるのかがわかるようになってきた。僕らは今、画面に向かって、最後尾の席の最も右側にいた。ぼんやりと画面の輪郭がわかった。
席数は数百ほどあるのだろうか。
僕らの街にある映画館の中では最大級の規模だった。
何もない無音の中では、恐ろしいほどひっそりとしすぎていて、理由のない恐怖が僕の身体のまわりを包むようでもあった。
「本当にここにあるの?」
消え入りそうな妻の声が聞こえてきた。
「大丈夫だよ。心配ない」
不安はあった。妻につよがりを言ってはいるが、僕自身、本当にここに探していたものがあるのかどうか、漠然とした自信すらなかった。できるのは、内心で祈りつづけることだけだ。
「どっち?」
手紙の文面によれば、探し物の正確な位置は示されていなかったがその代わりにヒントが提示されていた。
「あっち、非常灯のところ」
画面に向かって、最も左側の最前列の席、その席の左手に見える非常灯のすぐそばのドアを僕らは開けた。
手紙の文面によればそのドアを開けて、5メートルほど歩いた先に目的の探し物はあるのだと書かれてあった。
ドアの向こう側はもちろん暗闇のままではあったけれど、それでも何も見えないというわけでもなかった。劇場内と微妙に空気が違う。外からの生暖かい風が混じった、気持ちの悪い空気を身に纏う。
妻もそれは感じたようだった。
さっきまで僕の右手を握っていた彼女の力が、ふっとやわらいだ。
そろそろと歩みを進める。左手は壁に触れながらだった。
やがて、一本の筋のような細い光が、僕の視界に入ってきた。
                                                                    続く