陽だまりの中で聞こえてきた声は飼い猫のネムリの泣き声だった。
この声はご飯を欲しがってるときの声だ。いつものことだ。
「にゃ~お」
皿にキャットフードを盛りつけて、私も自分のお昼の準備をはじめた。
今日はアサリとバジルの和風パスタだ。
フライパンの上で茹でたアサリをオリーブオイルと鷹の爪、少量のニンニクで間単に炒めると、タイミングよく茹で上がったパスタをそこに放り込んだ。
パスタを茹でていたお湯には塩を少し混ぜている。フライパンに一玉分のお湯を注ぎ、塩コショウで味をととのえると強火でさっと炒めた。
「いっただーきまーす」
友達のしおりからもらった赤ワインをグラスに注いだ。
窓際ではご飯を食べ終えたらしいネムリが横になっている。
陽だまりの中で気持ちよさそうに目を瞑っていた。
「おいしい?」
と訊くと、
「んにゃぁ~ご」
と欠伸交じりの声を漏らした。
ご飯を食べ終えると、食器の片付けも早々に私はまた陽だまりの中へと舞い戻った。
近所の小さなアンティークショップで買った赤色のレザーのソファがいつもの私の定位置だった。ネムリはその下がいつもの定位置。
ソファでゴロンと横になり、そばにある小さな丸いテーブルには飲みかけのワインと裂けるチーズを置いておいた。
ネムリが私のもとに寄ってきた。ネムリもいつもの定位置で横になると、次の瞬間には鼻をピクピクと動かした。
チーズの匂いにでも気がついたのだろか。
チーズを小さく裂いて、口元にもっていってやった。
初めは舐めるようにして、それから美味しそうにはむはむと食べ始めた。
私もネムリのように舌でチーズを嘗め回した。チーズ独特の香りが鼻をツンと刺激する。
赤ワインとの相性が絶妙な、おつまみの一品だ。
ネムリのように、私もはむはむ、とチーズの味を噛みしめる。
午後2時の陽だまりの中は例外なく眠気が襲ってくる。
ネムリはチーズをすでに食べ終えて、再びお昼寝に入っていた。
私もソファの肘掛に頭を乗せると、チーズとワインもそこそこに眠りの中へと入っていった。
私が大学4年生の頃に付き合っていた彼氏は6こ下の高校生の男の子だった。
彼との出会いは意外なことに覚えていない。
印象的な出会いだというわけではなかったのだが、なぜその頃の私が高校生と付き合うことになったのかがわからないのが、今になって少し歯がゆい。
まあ、知ったところでどうというわけでもないのだが。
とにかく彼のことで一番覚えていることと言えば、彼の性格だ。
高校生にしてはやけに大人びて、いつも難しい本を読んでいた。
彼の愛読書は村上春樹だった。小説をたくさん書いているらしい、ということぐらいしか知らないが、彼の考え方に村上春樹が大きく影響しているというのは時々感じていた。その16歳にしてはやけに擦れた考え方のするところとかだ。
一度だけ、彼から読みやすいから、と言って村上春樹の小説を読まされたことがある。確か、5月の海岸線、とかいう本だった気がする。いや、雑誌だったかな。
とにかくそれを読んで、それだけで直感したのだ。
ただ、彼はその擦れてる感じを一向に受け止めようとしなかった。嫌がっている、というよりかは、村上春樹の本を読んでるから、もろに影響されてる自分にやるせなくて、という印象だった。初めのころ私はそれに気づかず、ことあるごと春樹春樹、と彼のことを茶化していた。だって茶化されるときの彼の表情が、可愛くて仕方がないのだ。
でもある日、彼が本気で怒った。
目に涙を溜めて、村上春樹の文庫を持つ右手に力が加わっているのがわかった。
一瞬、彼の行動を考えた。
私を殴る。この場から立ち去る。泣き喚いて叫ぶ。やはりまだ高校生。まだまだ子供だな、と甘く見ていると、彼は私の予想に反して何も言わずに、「そうかもね」と冷静に言い放った。
面食らった私はもう何も言わなかった。そのことがあった後も、彼のことを春樹を引き合いに出して茶化した覚えもない。彼の大人びた行動の最たるものを見てしまった以上、もう何をしたところで─仮にそれがよくよく考えてみれば些細なことだったとしても─今の私に彼を茶化す資格はないと感じたのだ。
「ねぇ、私はなにがいけなかったのかな」
ネムリにそう問いかけても返事はなかった。
いつものことだ。
部屋の中にそよ風が入って、クリーム色のカーテンを揺らした。
ネムリが寝言のような泣き声を上げた。
季節がそろそろ秋を終えようとしていた。
<了>
この声はご飯を欲しがってるときの声だ。いつものことだ。
「にゃ~お」
皿にキャットフードを盛りつけて、私も自分のお昼の準備をはじめた。
今日はアサリとバジルの和風パスタだ。
フライパンの上で茹でたアサリをオリーブオイルと鷹の爪、少量のニンニクで間単に炒めると、タイミングよく茹で上がったパスタをそこに放り込んだ。
パスタを茹でていたお湯には塩を少し混ぜている。フライパンに一玉分のお湯を注ぎ、塩コショウで味をととのえると強火でさっと炒めた。
「いっただーきまーす」
友達のしおりからもらった赤ワインをグラスに注いだ。
窓際ではご飯を食べ終えたらしいネムリが横になっている。
陽だまりの中で気持ちよさそうに目を瞑っていた。
「おいしい?」
と訊くと、
「んにゃぁ~ご」
と欠伸交じりの声を漏らした。
ご飯を食べ終えると、食器の片付けも早々に私はまた陽だまりの中へと舞い戻った。
近所の小さなアンティークショップで買った赤色のレザーのソファがいつもの私の定位置だった。ネムリはその下がいつもの定位置。
ソファでゴロンと横になり、そばにある小さな丸いテーブルには飲みかけのワインと裂けるチーズを置いておいた。
ネムリが私のもとに寄ってきた。ネムリもいつもの定位置で横になると、次の瞬間には鼻をピクピクと動かした。
チーズの匂いにでも気がついたのだろか。
チーズを小さく裂いて、口元にもっていってやった。
初めは舐めるようにして、それから美味しそうにはむはむと食べ始めた。
私もネムリのように舌でチーズを嘗め回した。チーズ独特の香りが鼻をツンと刺激する。
赤ワインとの相性が絶妙な、おつまみの一品だ。
ネムリのように、私もはむはむ、とチーズの味を噛みしめる。
午後2時の陽だまりの中は例外なく眠気が襲ってくる。
ネムリはチーズをすでに食べ終えて、再びお昼寝に入っていた。
私もソファの肘掛に頭を乗せると、チーズとワインもそこそこに眠りの中へと入っていった。
私が大学4年生の頃に付き合っていた彼氏は6こ下の高校生の男の子だった。
彼との出会いは意外なことに覚えていない。
印象的な出会いだというわけではなかったのだが、なぜその頃の私が高校生と付き合うことになったのかがわからないのが、今になって少し歯がゆい。
まあ、知ったところでどうというわけでもないのだが。
とにかく彼のことで一番覚えていることと言えば、彼の性格だ。
高校生にしてはやけに大人びて、いつも難しい本を読んでいた。
彼の愛読書は村上春樹だった。小説をたくさん書いているらしい、ということぐらいしか知らないが、彼の考え方に村上春樹が大きく影響しているというのは時々感じていた。その16歳にしてはやけに擦れた考え方のするところとかだ。
一度だけ、彼から読みやすいから、と言って村上春樹の小説を読まされたことがある。確か、5月の海岸線、とかいう本だった気がする。いや、雑誌だったかな。
とにかくそれを読んで、それだけで直感したのだ。
ただ、彼はその擦れてる感じを一向に受け止めようとしなかった。嫌がっている、というよりかは、村上春樹の本を読んでるから、もろに影響されてる自分にやるせなくて、という印象だった。初めのころ私はそれに気づかず、ことあるごと春樹春樹、と彼のことを茶化していた。だって茶化されるときの彼の表情が、可愛くて仕方がないのだ。
でもある日、彼が本気で怒った。
目に涙を溜めて、村上春樹の文庫を持つ右手に力が加わっているのがわかった。
一瞬、彼の行動を考えた。
私を殴る。この場から立ち去る。泣き喚いて叫ぶ。やはりまだ高校生。まだまだ子供だな、と甘く見ていると、彼は私の予想に反して何も言わずに、「そうかもね」と冷静に言い放った。
面食らった私はもう何も言わなかった。そのことがあった後も、彼のことを春樹を引き合いに出して茶化した覚えもない。彼の大人びた行動の最たるものを見てしまった以上、もう何をしたところで─仮にそれがよくよく考えてみれば些細なことだったとしても─今の私に彼を茶化す資格はないと感じたのだ。
「ねぇ、私はなにがいけなかったのかな」
ネムリにそう問いかけても返事はなかった。
いつものことだ。
部屋の中にそよ風が入って、クリーム色のカーテンを揺らした。
ネムリが寝言のような泣き声を上げた。
季節がそろそろ秋を終えようとしていた。
<了>