この記事の内容は、様々な資料をもとに書かれています。

 

内容の中には一部ないしは全体を通して、資料に基づく偏見や誤りがある可能性があります。また、筆者自身による偏見や誤りがある可能性も当然否定できません。

 

できる限り公平かつ事実に基づいて記事を書きたいと考えていますが、この点を踏まえていただけましたら幸いです。

 

今回のテーマは失われゆく日本国です。

 

 

 

 

はじめに

 

ここではいわゆる失われた十年と言われて久しい日本経済の衰退の背景にあるもの、私たちは私自身を喪失している理由の一つとして、経済学や政治学で私たちが人間であることを忘れているという点を再確認したいと思います。文章自体は何故私たちが私たち自身を喪失しているのか、という点の導入部分としての目的で書かれたもので、すこし主題からはズレている部分があります。

 

失われた世界

 

 日本という国の歴史を遡ると、文献上『日本書紀』や『古事記』に見られる神話の世界にたどり着きます。そこには現在の皇室へと繋がる神々の物語が描かれています。このような神話から始まる歴史が日本の立憲君主制を正当化する役割を担っています。

 一方で、科学的な物証を元にした考古学の見地から見ると、日本の歴史は縄文人や弥生人といった文字が伝えられる以前の文化の存在を私たちに示しますし、更にそこから遡ってこの日本列島に行き着いた人々の足取りや生活などに日本人のルーツを追い求めることもできるかもしれません。

長い歳月をかけ、様々なルートを辿り、日本列島にたどり着いた日本人の祖先たち

 日本人の先祖がどのような暮らしをしていたのか、現代の様々な技術革新の結果として解るようになってきました。

 現在の日本という国家が形成されるまでの歴史を学び、現在という時代はどのような状況にあるのでしょうか。そのことを理解するためには実際に日本、そして世界の歴史を紐解く必要があるのでしょう。
 

 ここでは、日本の長い歴史や文化について詳細な言及は行いません。欧米の列強諸国から強い影響を受けた近代の日本と世界史の要点をまとめたいと思います。日本が大きく変革されたことに焦点を当てることによって、世界史のなかでの日本文明という観点から日本の問題を提起できればと思います。

終戦により日本の国体は大きく変化した

 特に第二次世界大戦が終わった時代、戦後日本という時代を取り扱うことにしましょう。

 第二次世界大戦が終わったことにより日本はGHQによる占領政策の下で日本国憲法を制定しました。戦後日本の法制や文化は戦勝国であるアメリカ合衆国から強い影響を受けてきました。
 
 占領下の日本では憲法第九条で戦争放棄が明記されました。日本各地に米軍基地が配備され、日本の平和はアメリカの核の下で保たれていると言われてきました。

 同盟国とされるアメリカ合衆国、また日本では国際連合と特例的に呼ばれる連合国について論じることなく戦後の日本というものを論じないとしたのであれば、恐らく本質的な問題にたどり着くことなく話は終わってしまうことでしょう。
 

 安倍晋三総理は2006年の著作『美しい国へ』の中で戦後レジームからの脱却について言及しました。日本人のすべてが安倍総理と同じ考えだとは思わないにせよ、多くの日本人が戦後体制について小さくない違和感を抱いてきたに違いありません。

 一方で、2000年代に「失われた10年」という言葉によって日本経済の低迷が表現されてきました。しかし、それはいつしか「失われた20年」、「失われた30年」という表現となって、その深刻さが明らかになってきました。



 日本経済の低迷、もしくは衰退の傾向は止まる兆しがまるでないような印象さえ覚えます。日本では多くの国民が政治的にも経済的にも閉塞感を感じ続けています。

 一方で「失われた10年」という言葉が使われだした頃からすでに、日本の経済も、そして政治も、このまま階段を転げ落ちて、二度と立ち戻れないのではないかと感じていた人も私は少なからずいたと思っています。
 

 日本は「失われた10年」と言われだした頃には既に多くのものを失っていたかもしれません。更に言ってしまえば、アメリカの占領政策が始まった頃から少しずつ大切なものを失い続けてきたのかもしれません。このような仮説は十分に成立するのではないかと思います。

「失われた10年」という言葉が使われる以前から構造改革という言葉が流行しました。政治家か、評論家は、学者か、祈祷師か分かりませんが、彼らは繰り返し呪文のようにこの言葉を唱え続けています。しかし構造改革という呪文が唱えられるようになってから、日本は閉塞感ばかりが強まるばかりです。

 しかし、今もなお多くの構造改革論者は長く停滞する日本についての自分の責任を一向に説明することなく、国家の政策決定の場に寄生し続けています。

 何故このような現象が起こっているのでしょうか。私たちは彼らのことを本当に理解しているのでしょうか。
 

生き物であるということ

 

 私たちは様々な情報に囲まれて生活しています。まず自分たちがどのような情報に囲まれて生活しているのかを私たちは理解する必要があります。

 ここで述べることは当たり前すぎて言及するまでもないと思われるかもしれません。しかし私たちが当たり前であると思っていることは、実は当たり前ではないかもしれません。私たちが重要だと思っていることは、実は重要ではないかもしれません。

 私たちが大切にしている考えのために、私たちは本当に大切なものを失っている可能性がないとは言えないでしょう。

 私たちは今一度、私たちを取り巻く情報空間というものがどういったものなのかを再点検する必要があります。私たちを取り巻く情報は私たち以外の何者かの強欲や怠惰、狂気や悪意に歪められていないという保障はどこにもありません。
 

 私たち人類は今、どのように情報に触れているでしょうか。このことを考えるためには私たちが生物として情報を捉えているということを考慮する必要があるでしょう。

 人間は生物であり、神経システムや感覚器官を通じて情報を得ています。これは人間だけに限ったものではありません。真核生物の一部は多細胞生物として進化し、その進化と共に神経システムや感覚器官というものを獲得しました。

 

人間はロボットでもなければ、概念でもない、生き物である

 哺乳類に限らず脊索動物は神経システムや感覚器官を通じて生存に必要な情報を受け取っています。脊索動物以外にも軟体動物や節足動物など様々な種もこのようなシステムを持っています。

 また高度に発達した脳機能によって知覚した情報をより高度に分析し、処理する能力を手に入れた種も多く存在します。人類もその一種と考えることができるでしょう。

 ここで確認したいことは、私たちの社会システムについて考える場合、人間を生物として理解する必要があるだろうということです。
 

 私は今、生物学的観点から人間というものを捉えましたが、現在の政治学や経済学は、その発達過程において生物学的観点から議論されることはありませんでした。

 社会契約論や王権神授説など、西欧の政治思想は神学的な傾向を長らく持ち続けていました。欧米諸国に限らず、その影響を受け続けてきた現代の日本でも、政治学・法律学・憲法学はヨーロッパの宗教的考え方を受け継いだものになっています。

西欧の政治学から切り離すことができない社会契約論

 そのために神学的な権威主義が、日本の社会科学の領域でも一般化しています。私は、人間は生物であり、生物として社会科学に蔓延る権威主義に対して批判の声を上げなければならないという点を強調します。
 

人間と文明

 

 私たち人間を含む哺乳類は今から2億2500万年前の三畳紀後期には誕生していたと言われています。また現在霊長類の共通祖先が誕生したのは遅くとも第三紀の5500万年前とされています。

 現存する霊長類の種を基準に考えますと、東南アジアを中心に生息しているテナガザルの祖先からヒト科が分岐し、その後オランウータン、そしてアフリカの地でゴリラ、チンパンジーへと分かれていったと考えられています。

オレンジはオランウータン ピンクがゴリラ

紫がチンパンジー 水色がヒト

 この間だけでも、個体としての特性やコミュニティとしての特性は複雑な変化の道を辿りました。ヒトの大脳は急速に肥大化し、生物の進化の歴史という観点からみて、一瞬で途轍もない進化を遂げました。

 人間が長い生物の歴史の中で偉大な進化を遂げてきました。一方で人間はその場しのぎの進化を辿ってきただけであり、多くの機能には様々な欠点があるという表現も目にします。

 人間は現在食物連鎖の頂点に立つ生物として他の種の追随を許さない存在です。しかし、多くの人間はそのことに自覚的ではないでしょう。それゆえにしばしば、人間が繊細で壊れやすい存在であるということが議論されずにいます。
 

 地球が誕生してからヒトという種が地上に誕生するまで、およそ40億年という膨大な年月が費やされましたが、それと比較するとヒトが築き上げた文明の歴史はずっと短いものです。

 古代文明が起こり現代の人類は高度な情報技術社会をしました。しかし一方で文明が発達した速度と比較して人類はほとんど進化していません。生物という種が進化する速度と生物が築き上げた文明が進展してきた速度には大きな差があります。

 ヒトは石器や土器といった原始的な道具から、やがて権力者を頂く都市国家を形成しました。ギリシア文明やローマ文明と豊かな文化と建築技術などが生み出され、やがて近代の産業革命と共に加速度的に人間の生活環境は変化しています。

 

アテナイのアクロポリス

 私たちが暮らすこの高度に発達した社会を文明の輝かしい進展とみるべきなのか、文明の衰退の予兆とみるべきなのかわかりませんが、私たちにとってこの当たり前な世界というのは、生命の進化と文明の進歩という観点のみから見ても、不可思議で、不条理の連続であったかもしれません。
 

 哺乳類の中には家族や群れを形成して子供を自立できるまで育てるという行動を取る種が多くいます。ヒトという種もまた同じように養育し一人前の人間として育てるといった行動を取ってきました。

 養育あるいは教育はヒトという種が長い進化の歴史のなかで構築してきた行動様式です。これと同時に人類史的な視点ではなく一人の人間として学びや教えということを考えることも重要なことと思います。

 ヒトは生物としての本能的によって子供を養育するという部分よりも、文化や文明のなかで養育あるいは教育を行う傾向が他の種よりも大きいかもしれません。

 近代に入ってその傾向は更に増していき、よりシステム化された養育または教育制度によって子供たちを育てることになっています。現代人は基本的にこのシステム化された教育制度の中で学習し、知識を得て将来の役に立てるという戦略を取っていると考えてもいいかもしれません。

 ただし、このようなシステム化された教育制度の歴史は非常に浅いものと考えることもできると思います。現在の教育制度が社会を適切に維持または成長させることを阻害している可能も場合によってはあるのかもしれません。
 

 人類は狩猟や採集をしていた時代には男と女の間での役割分担というものがありました。男女間にどういった役割が与えられているのかは、種族や民族によって大きな開くがありますが、一般的に男女の役割には違いが見いだされていました。

ヒトの進化の歴史の大部分は狩猟採集を行うことで成り立っていた

生物に生殖細胞というものが誕生して以来、オスとメスとの間には遺伝によって、その役割が様々な形で決定づけられている部分があります。このような生物としての特徴を人類も遺伝によって継承しています。

 生物は性差による役割の違い以外にも、生物には群れの中で別の役割を果たすことによって群れとしての生存能力を高める要素があります。その役割の変化によって身体的特徴も目に見える形で変化させる種も存在します。
 

 人類は時代の変化とともに、更に農業や牧畜などの発達に伴い次第に分業化が進んでいきました。近代から現代へと進むにつれて更に分業化が進んでいます。

 この高度に分業化が進んだ社会では、広く物事を探究し教養を磨くよりも、専門的な知識や技術を磨くことこそが社会の進歩には必要であるといった改革論が現代においても叫ばれています。

産業革命以来特に人間のライフスタイルも急激に変化した

 そういった分業化が進んだ現代、サービス残業やパワハラなどの言葉に代表されるようなブラック企業と呼ばれる会社が増えてきているという点を私たちは考慮にいれなければならないでしょう。

 人類が進化の過程で獲得してきた環境への適応能力に合わせた役割とは異なる役割を文明が創造していくことによって、人は生きづらさというものを感じることが増えてくるのかもしれません。
 

衰退国家日本

 

 私たちは学校や職場の生活で多くの情報を受け取っています。これと同じように私たちに多くの情報を提供する役割を担っているものにマスメディアの存在です。

 19世紀の半ばに欧米では、AFP通信社の前身のフランスのハヴァス、アメリカのAP通信、イギリスのロイターなどの通信社が次々と誕生しました。これらの通信社は世界中にニュースを届けるための重要な役割を担いました。

人類の情報供給の在り方の裁量権を持つ通信社

 また20世紀の前半には現在のアメリカの三大ネットワーク、NBC、CBS、ABCが創立しています。現代社会はメディアが非常に強力な力を持っていると考えるべきでしょう。

 古くは定期刊行物や新聞といった紙媒体に始まり、ラジオやテレビといった電波を利用した媒体の誕生により、世界のいたる所にマスメディアによる情報が溢れるようになりました。学校や職場と同じようにマスメディアもまた私たちに多くの情報をもたらし、また私たちのライフスタイル・常識・価値観に大きな影響を与えています。

 日本でも欧米の大手メディア産業の影響を受けた会社や組織が日本のニュース・情報・教育・娯楽番組などを作っています。

 

 戦後の昭和の時代になってモノクロテレビが普及し、やがてカラーテレビとなって各家庭に一台以上が設置されるという時代が到来しました。この間に情報理論や情報技術は発展し続けており、銀行などでも通信システムが稼働していました。

 やがてアップルコンピュータやマイクロソフトといった企業によって開発されたオペレーティングシステムが販売され、インターネットを利用するためのブラウザの開発にも拍車がかかりました。

 2000年頃にはIT革命という用語が巷を飛び交いました。世界で、そして日本でも2000年代から掲示板サイト・ブログ・SNS・チャットなどが技術者以外の一般のユーザーにも広く普及していきました。

情報技術革命の結果、人々の情報の供給と需要の形が激変してきた

 携帯用の端末としてはポケットベルを皮切りに、フィーチャーフォンやPHSなどが普及し、現在では幅広い世代にスマートフォンが普及しています。

 

 日本人の人格形成については江戸時代までは家庭や地域社会が担っていましたが、明治以降は中央集権的な政府による影響をより強く受けるようになりました。

 日本に限らず近代化された国家において、人格形成には政府による教育制度や法人制度などがより強い影響を持つようになったと思います。

 更に新聞や雑誌、ラジオやテレビ、そして現在のインターネットなどの、メディア媒体の発達に伴い、人々はより一層に家庭や地域社会に家庭や地域社会というものを超えた外部からの情報が持ち込まれるようになったと見ることもできるかもしれません。

 そこには良い面もあれば悪い面もあると考えることができるかもしれません。とはいえ、もしかすると私たちは近代化に伴い私たちのすぐそばに置かれるようになったこれらの情報について歴史的な意味などを再度確認する必要があるかもしれません。
 

 20世紀の中頃の日本は高度経済成長を経験し、ユダヤ人のエズラ・ヴォーゲルが『ジャパン・アズ・ナンバーワン』という著作の中で日本的経営を高く評価していた時期がありました。1980年代後半のバブル期には多くの日本人が海外旅行に行き、リゾート地や歓楽街は賑わいを見せました。

かつてメイドインジャパンは世界を席巻した

 戦後の焼け野原から驚くべきスピードで復興し、一時はアメリカを凌ぐのではないかという勢いで経済発展を遂げました。

 しかし今では、日本的経営と呼ばれるものは影を潜め、多くの日本人がブラック企業と呼ばれる会社で働くことになり、正規労働者ではなく派遣労働者として働くように移行していきました。今ではこのような経営形態が日本的経営と解釈されることもあるでしょう。

 日本経済が停滞の域に入ってから、日本では貧困や過剰労働に苦しむ労働者が増えてきています。人間がよりよい生活を実現するための環境づくりを国際組織や日本の行政機関などが構築していることになっていますが、現実の社会は、それとは程遠い、むしろかつての日本の社会の方がより素晴らしい生活がおくれていたと感じる人も多いでしょう。
 

構造改革が叫ばれるのと時を同じくして日本は衰退の道に入っていた

 

 何故このような現象が起きているのか、私たちは純粋な一人の人間として、空気を吸って、空気を吐くという、生身の人間としてこの問題に向き合う必要があるものと思います。教育制度による学問として政治や経済と向き合っている限り、恐らく私たちは私たちの問題の本質にはたどり着けないでしょう。

 これほど長い期間にわたり、日本の教育機関によって人材が育成されてきましたが、残念ながら日本は益々衰退の一途を辿っています。そしてもし実際に私の言う通りであるならば、私たちは再度教育制度や教育の内容のすべてを点検しなければならないはずなのです。

 私は現在の社会科学全般は歴史的観点や生物学的観点から点検される必要があると考えています。ここでは特に歴史問題について触れていきます。
 

まとめ

 

 私の立場は、人類史や地球史を重視する政治経済論を採用し、科学的方法論としてプラグマティズムの影響を受けています。生物の進化の歴史と比較すると、貨幣システムの歴史は酷く新しく、現在の貨幣システムが人類あるいは日本という国にとって豊かさをもたらすものであるという保障はどこにもありません。

 

 ここではあくまでも私の一つの視点を開示するという点を重視しました。

 

さいごの一言

 

最後までお付き合いいただきありがとうございました。ご感想などありましたら、気軽にコメントください。