「競合する仮説の分析」(以下ACH)というのは、観測された競合する複数の仮説を評価するための公平な方法論と言われています。アメリカのCIAにおいて45年のキャリアを持つR・ホイヤーによって1970年代に開発されたといわれています。ACHは様々な分野のアナリストによって、間違いの発生しやすい判断を行う場合に使用されます。これにより、アナリストは達成することが非常に難しい高度な情報分析を実現する認知上の制限を克服したり、少なくとも最小化したりすることができます。
ACHは情報分析の方法を前進させましたが、当初は比較的非公式の表現でした。不確実なデータから最良の情報を見出すことは、産業界や学会、政府における研究者や開発者、アナリストの目的でした。その領域にはデータマイニングや認知心理学、視覚化、確率と統計などを含みます。
ちなみにアブダクティブな推論というのは、ACHに類似した早期の概念です。
ホイヤーは『情報分析の心理学』の中でACHプロセスについてかなり詳しく説明しています。
それは次のようなステップになります。
①仮説 ②証拠 ③診断 ④改善 ⑤矛盾 ⑥感度 ⑦結論と評価
というものです。より具体的に見ていきましょう。
①仮説
プロセスの最初のステップは可能性のあるすべての仮説を特定することです。できれば、異なる視点を持つアナリストのグループを使って、可能性についてブレインストーミングを行います。
このプロセスではアナリストが「可能性が高い」と思われる仮説を一つ選択し、その正確性を証明するための証拠を使うことを阻止します。考えられるすべての仮説を考慮すると、認知バイアスが最小限に抑えられるからです。
②証拠
次にアナリストは賛否のある証拠と(仮定と論理的推論を含む)仮説をリストアップします。
③診断
マトリックス(行列)を使って、アナリストは可能な限り多くの理論を反証するために、各仮説に対して証拠を適用します。ここで一部の証拠はほかの証拠よりも「診断性」が高くなります。それは対立する仮説の相対的な可能性を判断するのに役立つ証拠があるからです。
ホイヤーによるとこのステップが最も重要になります。アナリストは一つの仮説とすべての証拠を見るのではなく、一回ごとに一つの証拠を検討し、考えられるすべての仮説に対してそれを調べることをが奨励されています。
④改善
アナリストは調査結果を確認し、ギャップを特定し、残りの仮説をできるだけ多く否定するために必要な追加の証拠を収集します。
⑤矛盾
次にアナリストは各仮説の相対的な可能性について暫定的な結論を導き出そうとします。一貫性がなければ、可能性はそれだけ低くなります。そして最も一貫性がない仮説は除外されます。マトリックスは各仮説について明確な数学的合計を生み出しますが、アナリストは最終的な結論を出すために自らの判断を用いる必要があります。
ACH分析の結果自体が、アナリスト自身の判断を覆すべきではありません。
⑥感度
アナリストは感度分析を使用して結果をテストします。感度分析は主要な証拠や議論が間違っていたり、誤解を招いたり、異なる解釈が生じたりした場合に、結論がどのような影響を受けるのかを評価します。主要な証拠の妥当性と重要な議論の一貫性は、結論の要点と推進力の健全性を保証するために二重チェックがなされます。
⑦結論と評価
最後にアナリストは政策決定者に結論と、検討された代替案の概要とそれらが拒否された理由を提示します。アナリストは将来の分析の指標として機能する道程を明らかにします。
ACHの長所
ACHマトリックスを行うことには多くの利点があります。それは監査可能です。この信念を裏付ける強力な経験的証拠はありませんが、認知バイアスを克服するのに役立つと広く信じされています。ACHはアナリストにマトリックスを構築するよう要求するため、証拠と仮説を逆追跡することができます。これにより、政策決定者やその他のアナリストは、結論に至った一連のルールとデータを確認できます。
ACHの短所
ACHを作成するプロセスは時間がかかります。ACHマトリックスは、複雑なプロジェクトを分析するときに問題になる可能性があります。アナリストが複数の証拠を持つ大規模なデータベースを管理するのは大変な場合があります。
特に政府とビジネスの両方のインテリジェンスにおいて、アナリストは対戦相手が知的であり、欺くために情報を作っている可能性があることを常に認識している必要があります。
社会構造主義者の批判によると、ACHはグリッドを生み出すために使われる仮説の初期形成の問題の性質を十分に強調することができません。たとえば、仮説の生成に影響を与える可能性のある官僚的、心理的、また政治的なバイアスに加えて、文化やアイデンティティの要素も働いているというかなりの証拠があります。これらの社会的に構成された要因は、どの仮説が最終的に検討されるかを制限または識別し選択されたものの確証バイアスを強化する場合があります。
哲学者で議論理論家のティム・ゲルダ―は以下の批判をしています。
アナリストがあまりにも多くの個別の判断を下すこと要求し、その多くは最良の仮説を識別するのにわずかばかりの貢献をするにとどまる。
証拠の項目がそれ自体で仮説と一貫性または不整合であると想定することによって、証拠の項目と仮説の間の関係性の性質を誤解する。
仮説の集合を単なるリストとして扱うために、適切な抽象化レベルで証拠を仮説に関連付けることができない。
下位の議論、証拠の一部に関係する議論をあらわすことができない。
現実的なスケールでのACHはアナリストを混乱・困惑させる。
ゲルダ―はACHに代わって仮説マッピングを提案しました。
以上が情報分析の一つの方法である競合する仮説の分析ACHです。最後まで目を通していただきありがとうございました。