「この世にたやすい仕事はない」
津村記久子
コレの続きです

第4話
「路地を訪ねるしごと」
次に主人公が紹介されたのは、
指定エリアを巡って
「交通安全」「緑化」「節水」などのポスターを貼る仕事
上司の盛永さんによるとそれは
「町の平定化のため」であるとのこと
主人公は路地にポスターを貼るうちに
他にも路地にポスターを貼る団体がいることに気づく

コレ、なんだか怖いハナシだと思いました…
主人公が「交通安全」や「節水」のポスターを貼るのと競合するように
「さみしくない。」って書いてあるポスターを貼る団体が存在するんです
「さみしくない。」の団体は、
町の人々を集め、頻繁に会合を開いている
会合では、お互いの抱える「さみしさ」を慰めあうというもの
アヤシイ新興宗教の話かな?
と思ったんだが
もっとシンプルにこれは
「寂しさ」の侵食の話だと思った
「寂しさ」の感情や、それを感じた経験がない人はいない。
しかし、
今現在も生々しく寂しさの隣にいるのか
寂しさは遠く乾いた状態になっているのか
厳密には人それぞれだ。
それが、
「さみしくない。」なんてポスターで一括りにされて
みんなで集まって寂しさについて語ったり
「あなたがうまくいかないのは寂しさのせいです」
などと言われたら
寂しさを感じた経験のある人なら誰しも
一気に寂しさに飲み込まれてしまうだろう
すべての悩みや問題は「寂しさのせい」に集束され
そこから進めなくなってしまう
怖い!





だからこそ、盛永さんの
「熱中症予防」だの「散歩をしよう」などという
具体的で現実的ですぐにでも実行できるようなポスターを貼ることで
よくわからない正体不明な不安感にとらわれることから住民を守る。
現に、主人公が盛永さんのポスターを貼った場所には
「さみしくない。」団体は次第に来なくなる
よくわからない不安や寂しさを感じたら
水を飲んだり散歩でもして気分を変えたほうがいい
ということのように感じた
それくらい人の心は簡単に
陽にも陰にも裏返ってしまうから。
最後なんと、盛永さんは消えてしまう

きっときっと飲み込まれたのではなく
別の場所に使命を果たしに行ったのだと信じたい
ゾワゾワと不安なような、切ないラストだった