「ファースト・プライオリティー」
山本文緒

コレの続きです下差し

「当事者」


バーのアルバイトをしている女性が主人公

彼女は新聞やテレビを部屋に置かない。
悲惨なニュースを観ると、自分まで心身に不調をきたしてしまうからだ

しかし、ある日ラーメン屋のテレビで彼女は目撃してしまう。
ニューヨークの超高層ビルに航空機が突っ込む映像を。




悲惨なニュースを観て、無関係な自分の具合が悪くなる。


上差しこれが、まさに自分と同じで息を呑みましたびっくり




しかし、私の場合それは

悲しいニュースの当事者のことを思いやってというより



もし私の身の上に同じことが起こったら

または

明日には我が身に同じことが起こるのではないか


という、かなり利己的な気持ちであると告白します。



当事者の気持ちを、わかりもしないのに考えてしまう

まだ起こってもいないことを想像して息苦しくなる



そして、同時にわかってもいる



もし、実際自分の身に起きたら

いま想像していることなんて、なんの役にも立たないこと。



「心の準備」にすらならなっていないだろうということ。



だけどぐるぐると、苦しい想像は頭を巡って

逆にみんなはこのニュースを聞いても、

どうしてこれからも自分は平穏に暮らせるという自信が持てるのだろう?




杞憂…空が落ちてくるのではなどという根拠のない心配をし続けること。



だけど、本当に空が落ちてこないという保証はどこにもなく、

空が落ちてきた重みも痛さも、実際に体験するまで知りようがない。



今の私たちにできることは

ときどき空を見上げながら、空の下で変わらず生きていくことだけなのかもしれない