おまじない
西加奈子

「ドブロブニク」
小さな頃から映画が好きで、空想好きな、ゆき
少女の頃のゆきは、頭の中に何人も友達がいて
脳内はいつも幸福だった
成長とともにさらに映画・演劇に親しみ
素晴らしい舞台を作った人の脳内を見てみたいと切望した。
大人になって、劇団を立ち上げ…劇団の主宰・梨木に惚れ込み…
演劇にすべてをささげた半生だったが
中年期に差し掛かったゆきは、行き詰まりを感じていた
劇団が、演劇だけが居場所だと感じていたのに…
空虚な気持ちで、ゆきはフィンランドに旅にでる。
ゆきの核には、純粋に映画好きという気持ちがあったと思う。
いつしかその核の周りに
孤独な少女時代や
触れそうでまったく触れることなくずっと近くにいる梨木や
「門番」と揶揄されるほど没頭した劇団への
強い思い、もっというと執着、こじらせに近い気持ちが少しずつ何重にもとりまいて
気づけば、身動きがとれない状態になっていたのではないだろうか
単純に好き、に執着がぐるぐる巻き付いている状態
近くにいすぎて、逆に演劇というものがよく見えなくなっている状態
遠くフィンランドの劇場で、自主映画の上映会に居合わせたゆきが
はじめて映画を撮ったという初老の男にかけた「おめでとう」の言葉
これは執着もこじらせも全部脱いで
ただの映画好きの「ゆきちゃん」と脳内の仲間たちの声だ
なにも成し遂げられなくても
だれにも選ばれなくても
おめでとうと言ってほしい
今この場に存在することを祝福しあいたい。