母親の思い出 | 人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成19年7月4日


 今日もシトシトと小雨が降っています。

ここのところ、本当に梅雨らしい天気が続いています。


私は、昨日は大阪に出張しました。

朝4時半に起きて、7時発の新幹線で出かけ、

セミナーを2つこなして、帰りにお好焼きでビールを

飲み、夜8時半頃自宅に戻りました。


朝の4時半から行動を起こすのは、些か身体に

応えます。もう若くはないんですね。

身体がどうも反乱を起こしているようです。


ところで、昨日のセミナーは今、社会を騒がせている

「年金問題」がテーマでした。


今の公的年金制度は、世代間扶養の賦課方式と

なっていますので、現在の少子高齢化が進む限り、

現状のまま存続するのは、厳しくなっています。


世代間の問題と云えば、団塊世代の人たち(これから

60歳に入り、年金を貰う人たち)自身は、食うに困った

経験はないでしょうが、その親たちは、戦中戦後と食料の

入手に筆舌し難い苦労をしたようです


私も、記憶の残っている6~7歳頃の時代に、お昼といえば

何時もふかしたサツマイモだったのを覚えています。

そして、

“またサツマイモか、銀シャリ(白いご飯)が食べたいな”と

心の中で、思ったことも今でも鮮明に覚えています。


私の兄弟は、6人と大人数でしたので、両親は食料の

調達に本当に苦労したようです。


然し、当時母親は、そんな苦労は、おくびに出さず、

“さあ、サツマイモが美味しく出来たよ。タンとお食べ”と

子供達に進めながら、自分は“おなかが一杯だから”と

殆ど手をつけなかったことも鮮やかに思い出します。


また、

たまの白いご飯のご馳走のときは、ご飯粒を少しでも

残そうものなら、“お百姓さんに悪いよ”と言いながら、

子供が残したご飯粒を自分の口に運んでいた

(本当は、自分の分のご飯はなかったのに・・・)のも

昨日のことのように頭に浮かんできます。


そんな母親も、もう随分前に亡くなりました。

痩せて、お酒を一滴も飲まず食も細かった父親は、

母親に10年以上も先立って、あの世へと旅たちました。


戦争を経験した世代は、こんな筆舌に尽くせない様な

生きるための苦労をしたようです。



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