「故郷と母」 | 人事労務日記~所長のつぶやき~

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人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成19年5月14日


 今日は、朝から直行して午前中はクライアント先で

仕事をして、午後からオフィスに出ました。


オフィスへの途中で寿司弁当を買い、昼食は、

インターネットを見ながら、食べました。


昨日は「母の日」でした。


バラの花など、花をプレゼントに贈るひとが随分を

多かったようです。


「母」という言葉を聞くと、いつも何か胸に込上げる

ものがあります。


私の母は、亡くなってから5年が経ちます。92歳で

亡くなりました。


亡くなる5年位前から呆けて、直ぐに私が誰だか

分らなくなりましたから、私を認識できていたのは

今からもう10年ぐらい前の頃となります。


私は、6人兄弟の下から2番目で、中学生の頃

に股関節炎を患い、闘病生活を経験しました。


だから、母は子供の中でも、特に私のことを心配

していたようです。


私が中国で単身赴任しているときにも随分心配

させたようです。


私は、母が他界し、「もう会いたくても会えなくなって

から特に母に会いたい」という願望を抱きます。


そんな時、子供の頃の歌を思い出します。


歌は「母あればこそ」と題してNHKラジオ歌謡として放送
されたものです(
寺尾智沙作詞・田村しげる作曲)。


お2人は夫婦で他に「白い花の咲く頃」など多くの名作

を世に送り出したヒット・メーカーだそうです。

私が思い出すこの歌は、昭和32,3年頃放送されたもの

でした。


歌詞は、
「祭り帰りの 丘のみち 声を合わせた わらべ唄 

 ああふるさとは ふるさとは 母あればこそ いつも優しく 

 浮ぶもの」

というものです。

この歌は、

戦後の貧しい日本で故郷を離れて、東京で働く若者が、

仕事の辛さから逃げ出したいと思ったとき、フッと心に浮かぶ

故郷への郷愁を唄ったものなのでしょう。

「故郷と母」、これは、私達東京で働く者の「心の拠りどころ」

だと思います。




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