うちの炊飯器は、マイコン炊飯器。古くて安価なヤツです。シンプルな作りゆえの頑強さと保温機能を使っていないため、そのまんま使っています。

 

 

買ったのは、たぶん、35年ほど前。

 

 

この炊飯器を戸棚から出すたびに、「あんたのほうが、長い付き合いになるのかい」と心のなかでつぶやきます。正確には、「あんたのほうが、夫との結婚生活よりも長くなるのかい」です。夫は、結婚して32年後に倒れました。

 

 

この、何の思い入れもない、近所のスーパーでテキトーに買った炊飯器が、結婚後に一つ屋根の下に暮らした時間よりも長く、わたしのそばにいるなんて。

 

 

アルミホイルにも思います。

 

 

燻製づくりの好きな夫は、ガスレンジを汚さないようにアルミホイルを敷き詰めていました。そのために巻きの長いアルミホイルを買ってきたのですが、使いきれないうちに倒れました。いま、流しの下にあるアルミホイルの箱に手を伸ばすたび、

 

 

「お前、ずっといるね。いつまで、ここにいるつもり?」…と、ここまではっきりと言葉にはしませんが、ぼんやり思います。

 

 

犬のスーにも不思議な気持ちを抱きます。スーというより、犬でしょうか。幼いころに犬を飼ったこともなく、犬を飼いたいなんて思ったこともなく、先代犬のパロンが紙袋に入れて捨てられているのを公園で見つけて思わず抱え上げたのをきっかけに30代後半からずっと犬と暮らしています。

 

 

犬は、どこにも行かず家にいるので、夫より、娘より、両親より、姉より、わたしといっしょに過ごした時間は長いのではないか。

 

 

わたしは、人間よりも犬と長い時間を過ごす人生なのか。そんな人生、だれが想像した?

 

 

自分のまわりに残っていくものは、必ずしも大事なものではない。時の移ろいは、ロマンティックを裏切る。ものすごく年をとった人たちのまわりには、何一つ大事なものなんて残っていないんじゃないだろうか。大事なものは、すべて記憶のなかにしかないんだ。

 

 

「スー。どこにも行かんといてな」リードを持つ手に力を込めて、恋人にすがるみたいに話しかけてみました。振り向きもせずに歩く尻尾が「オケオケ」と言っていました。

 

 

★月曜はこちらにも書いています→自分のなかの「偉い順位」を崩して、バラバラにして、フラットにする。

 

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