今年は、マンションの管理組合で役員をする年です。任期は9月から1年間。その担当を決める会議が日曜日に開かれました。
マンションによって管理組合の運営方法は違うでしょうが、うちの場合、まれに立候補で決まることがあっても、ほとんどくじ引きで強制的に理事長以下が決まります。
というわけで、その日、参加者の関心は「理事長になりませんように!!」。関心というより、悲願。わたしもそうです。夫が生前、理事長をしたとき、それなりに大変だったからです。
うちのマンションは古いので、大変に高齢化が進んでいます。
司会は、管理会社の社員さんが中心になって進めてくださるのですが、「書記」はパソコンができる人であってほしい、と。つまり、この社員さんがとった議事録をメールで送りたいわけですね。
もう一つ、「防災」担当は、ある資格を持っていなければならない。もちろん、1日研修を受けて登録料を払えばいいのだけど、あらかじめ持っていたら、それに越したことはなし!ということです。
そしたら、パソコンのできる人がわたしを含めて2名、防災の資格を持っている人が2名いたのです。どちらも必要な人数は2名。司会の方は、「こちらはこれで決めさせていただければ…」となったとき、
「会計できます!」とひとりの年配女性が挙手されました。
司会者は虚をつかれたものの、まあ、会計はそれなりに大変だろうから、じゃあ、やっていただこうか…となった次の瞬間、その隣に座っていた年配女性が「○○、やらせていただきますよ」とまたもや立候補。
楚々とした雰囲気で。控え目な口調で、なんなら犠牲的精神にのっとってという感じで立候補。「やってさしあげてもいいですよ」の感じ。
しかし…
〇〇の役は、誰もがやりたい、ほとんど何もすることがない、名前だけの超超ラクなものなのです。
その口調、違うよね。謙虚な口調で言うことじゃないよね。
困る司会者。苦笑いの現理事長。
シーン。
だれもなにも言わない。
言わないのか、だれも。それはダメだと。それをしちゃ、ルールが根底から崩れると。じゃあ、わたしが言うしかない!と腹をくくりかけた瞬間、
司会の方が、「ああああ…ありがとうございます。でも、それはですね…やはり、理事長といっしょに決めましょう」と勇気を振り絞って言ってくださり、恒例「あみだくじ」が挙行されることとなったのです。
よかったよーー。
それですべて穏便に決まったのですが、
この立候補以外にも、
「わたしは年寄りだから、理事長は、若い人にやってもらわないと…」と自分より年上の現理事長を前に謙虚な感じで主張する年配男性とか、
とんでもなく遅れてきたにもかかわらず「それぞれの役職についてザっと説明してもらえますか」と堂々と会議を振り出しに戻すそこそこ年配男性とか、
あらかじめ机の上に書類が置いてあるにもかかわらず、あえて置いていないところに座って「書類がありませんけど!」と現役員に持ってこさせる年配女性とか…。
大変に自由気ままであった。
なんというか、予期せぬところから自己主張がねじこまれるのであった。
「年をとってもおしゃれ」に、とか、「年をとってもハツラツと」、とかいろいろハードルを上げますが、わたし、そんなのどうでもいいかもって思いましたよ。
本質はそこじゃない。
周囲を見る。
いや、もちろん、だれだってなりたくてそうなるんじゃありません。自然の流れなのです。それを「老化」と呼ぶのです。「成長」があるように「老化」もある。
段々、体のいろんなところが思うように動かなくなるし、そのことに関心を向かなければ日常生活が送れなくなるし、それゆえに余裕がなくなるのは、仕方のないことだし、当然なんです。
でも、「周囲を見る」だけで若々しく感じるのです。
「周囲に目配り」できて「自分以外の人の都合」を考えられるだけで、話が通じる人に見えるのです。なんなら、友だちになりたくなるのです。
そういう気持ちで社会と接してたら、あとは、どうでもいいんじゃないかな。
活力や生気って「周囲」への「心の開かれ方」で決まるのかもしれません。ああ、少しでも長く周囲に心を開いていられる人でいられますように!
書記、がんばります。
↓ルポ、書いています!
もし、気に入ったらクリックください。
★よければ、こちらもどうぞ。★
★ウェブマガジン「どうする?Over40」にも毎週月曜日に書いています。
★コメントありがとうございます。オフィシャルブログの仕様で、わたしから直接おコメント欄に返事が書けません。こちらのフォームからメールをくださるか、Xで話しかけてください。(Xの返信が一番早いです)
★以前のブログはこちらです→どうする?年齢とおしゃれ。それらすべての生き方
★雑談するだけのポッドキャスト番組「That’s Dance」もやっています。
