この3日間、ずっとZOOMを使った取材でした。
ZOOMはパソコンを使う人もいれば、スマホを使う人もいるでしょう。わたしの場合は、パソコン(ディスプレイが大きいタイプ)で、相手が複数だったら画面が人数分に分割されて、わたしと取材相手やディレクター、発注元の企業担当者などがズラリと並ぶように設定しています。
わたし、オバアサンだった。
びっくりした。堂々たるオバアサンだった。
わかっちゃいたけど、さらにその上を行っていた。
毎週、ZOOMを使ってオバフォーのミカスさんやつまみさんとポッドキャスト「That’s Dance」の収録をしているんで自分の顔は見慣れていたはずですが、この場合は、①時間が夜 ②自分ちが間接照明で暗い ③3人とも同世代 という素敵な安心3条件がそろっているんですよね。
ところが今回は、①時間が午前中から夕方 ②周囲が明るい ③みんな年齢がバラバラで自分が最年長(20代前半、20代後半、おそらく30代。50代、そして64歳!←わたし)
初日の画面を見て「首!首のシワ!」と思ったものの、この時期、タートルネックを持っておらず、なんか突然、スカーフをして登場するのもためらわれ、さらに、気にしはじめると首だけではない、という現実を背負うことになるので放置したまま、にこやかに3日間やりとげました。
願わくは、みなさんノートパソコンで(その可能性は高いはず)、わたしより画面が小さくて、「あれ?この人、どんな人?」という解像度で終わっていますように!
しかし、思いましたよ。
人は、「自分の顔を見ることができる環境であれば、自分の顔ばかりを見てしまう」ものですね。いや、もちろん取材中は、お相手の顔をちゃんと見ますよ。見ますけれども、自分の顔が視界に入れば、気になる。見てしまう。
自撮り文化が、過度な「加工文化」を推し進めるのもわかる。
わたしも、加工して登場したかったもん。
普段、自分が見えていないというのは、ついつい身だしなみが疎かになるという危険性をはらみますが、案外、すばらしいことかもしれません。
世界を自分抜きで愛せる。世界を自己愛と切り離して愛せる。息をのむように美しい風景写真にポーズをとった人間は邪魔だもんな。
そんなことを思いました。
わかってる。いくらオバアサンでも、このわたしが、これからの人生で一番若い。
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