先週の話になりますが、たまたま西麻布・材木町の交差点に居合わせたところ、トランプ大統領を乗せた車が目の前を通っていきました。


大統領が手を振っていたので、つい手を振り返してしまったことを少し後悔していたのですが、その後、少し考え方が変わりました。
高市さんがトランプをノーベル賞に推薦するとの話を聞いたからです。


交渉とは手札(条件)の交換です。
持っている全てのカードに価格をつけて、双方で等価交換を目指す。
(こちらの本は科学的に交渉を分析しています)

 

 

 

ここでミスると等価交換ではなくなりどちらかが損をする。無駄に税金を使った手札を大盤振る舞いすると、オウンゴールとなり、相手が喜ぶだけでなく、国民からも非難されることでしょう。

 

今回、日本の手札のひとつがトランプ大統領のノーベル平和賞推薦でした。
これ、先方もわかっているかもしれないけれど、受賞に影響するのは推薦の数ではなく、コミッティの合意と思われます。


ましてや、推薦することによる日本のデメリット・対価はゼロ。
これで、トランプがご機嫌になってくれるなら安いもの(いやタダ)です。

それならば、道端で手のひとつでも振って歓迎ムードでも出しましょう。
そんな気持ちになりました。

 

今年の春の米国・ウクライナ会談の時も交渉について書きましたが、世界はまだこの「いじめ外交」を覚えているのでしょうか。
これを思い出すと、やはり持ち上げすぎて損はないと思ってしまいます。

 『米ウクライナ会談から交渉力を考える|地面師スキーム対策』ちょうど銀山温泉行きの準備をしていた週末、例の会談が何かで流れてきた。少し時間が立ってしまったけれど、感想を書いてみたいと思います。 タイトル写真はクロア…リンクameblo.jp


そういえば、働いてた時は、交渉時にこんなゼロコストの手札を用意してたなあと思い出しました。

 

ちなみに、交渉というのは仕事だけでなく、普段の生活でも役に立つもの。
例えば、子供がテレビを見たいといった時に、「宿題終わったらね」という交換条件を出すのも交渉です。

 

ですが、シングルの私は、仕事をしなくなってから、交渉するのは旅先でぼったくられそうな時くらいになっています。なので、日常でもあまり交渉していないなあ、と思ったりするわけです。

 

あまり実感していなかったのですが(鈍感力よ)、こういうことが、「社会との関わりがなくなる」ということなのかもしれませんね。