今年は地元に帰って家族と花火をみました。父行きつけの飲み屋さんメンバーにポンと混じっての花火観覧ショー、楽しかったです。
母は年頃の「未婚の」女子が、還暦オーバーな面々に馴染んでる姿をあまり快く思っていないようでしたが(苦笑)、やはり花火は一人で観るよりは二人、二人よりは沢山の方が楽しめます。
「玉屋」さんも「鍵屋」さんも見たことないくせに、見事な花火を前にボキャブラリーの乏しい私は「たーまやー」と連発です。ほんとにきれいだった。

物心ついた時から「兎に角働いて自活したい」が目標だった私。
何の職業に就きたいか、ではなく遮二無二働き、お金を稼ぎ、母を父から助け出したかった。
私がいるから母は父から逃れられず、そのために母は誰にも気付かれぬよう声を殺して夜中に一人泣いているのだと思うと、私のこれからの人生はすべて母に捧げようと本気で思ってました。
重度の中二病と言われればその通りですが、物心ついてからずっとそんな風に考えていればまぁ一過性の流行病だけとも言えますまい。

でも、完璧とはいえないまでもそれなりに自活できてる今、私は私のために生きたいと思い始めています。

つらくて、しんどくて、寂しくて、不安で、ここで泣き言言っては、妙にハイテンションで「私頑張る」って立ち直る不安定っぷりに苦笑するしかないけど。
それでも私は「私の為に」生きたい。
自分自身のために泣いたり苦しんで、
そして自分のために笑い喜びを見つけたい。
母のためとか何だとか、人様を言い訳にしないで、全ての選択はみな私自身の意志の下に選んだのだと、責任をもつだけの強さがほしいです。

なんか話が飛んじゃったけど、
花火を見て、久しぶりに家族と感情を一にして、改めて思ったんです。
今感じてる喜びや高揚は、私自身から生まれ出たものなんだなぁって。
意志をもって生きていこうと決意を新たにした夜でした。