ひとつ前の記事を書いてて思い至ったこと。
元彼君は頭が良かった。ハンパなく。
私は頭が良い人は、その頭脳をお国の為なり社会の為なり、とにかく広く貢献する責任があると思っている。
だから元彼君の、やるべきことをやらない姿勢、地元の極々狭いところに収まろうとする考え方がもどかしかった。
出世とかそういうことじゃなくて、彼が高みを目指すなら、己を切磋琢磨させるならどんな支援も惜しまないつもりなのに。
元彼君の生き様が癇に障った。

でも今思うと、私は彼になんて酷なことをしていたんだろう。
彼にとって地元に錦を飾ることは最大の誉れであり、亡き御父君の跡を継ぎ実家を再興させることは唯一の夢だったのに。
私がしていたことは、そういった彼の希望の芽を摘むことだったんだよなぁ。
私も彼も違う言語を話してた、そゆことー。
もう3年も前の元彼話。
流石に今話題に上がっても、痛くもかゆくもないけど。

最近その話をした人から
「なんでつきあっていたの?」と…。
何でだろう?(笑)

その人には「割と早く家族愛のような感覚にシフトして、切るとかの発想にならなかった」と言ったように思う。
確かにそれは一点。
でもそれだけじゃない筈。

元彼君の買っていたところ。
まず、偏差値的な意味で頭が良かった。
背も高くてイケメンだった。
素朴で率直なところも可愛らしかった。
大らか…というか朴訥として鈍かったから、何かと極に振れやすい私にとって楽だった。
良くも悪くも、嘘をつかない子だった。
他者の悪口を嫌う子で、イジメが横行している部内では貴重な「イジメに加わらない」存在だった。
私を大好きでいてくれた。

次は嫌いだったところ。
なぁなぁ主義で締めるべきときに締めないだらしない一面。
事なかれ主義というより、俺が悪い子になりたくない主義で、厄介事には目を背ける姿勢。それ故に私の悲しみや痛みを背負う覚悟のなさ。
自分の能力を最大限生かそうとせず、地元くんだりで小さくまとまろうとする根性。

これ以降は私のコンプレックスが招いた歪んだ愛情。
私は群れたがらないくせに寂しがり屋、元彼君は寂しがり屋なくせに群れ方がわからない子だった。結局のところ似て非なる性質だったのだけど、パッと見は似たもの同士で共依存していたのだと思う。
また、元彼君は抜けたところがあって、生活能力に乏しかった。そんな元彼君を「もうっ私がいないと駄目なのね」と悦に入りながらお世話をしていた自分。彼は私に役割を与えてくれる存在だった。

元彼君が東京にいたとき、彼には「お母さん」が必要で、私には「求めてくれる人」が必要で。そういう点で私たちは利害が一致していたのだと思う。
でも、元彼君が地元に帰ってしまって、彼にとって「お母さん」的な存在は不要となった時、私の存在価値は大幅に減ったんだよね。
そして私にしてみれば、「彼が私を望んでくれたのは、役に立つからだった」ってことが明確になっちゃった。役割なんかなくても一緒に居ていいんだよって言って欲しかったのに、そんな本音さえ隠してズルズル付き合った結果、自分の心の声が聞こえなくなってた。
そんな残念な関係。

「何で付き合ってたの?」

最初は好きだったの。
でも多分
途中からお互いにとって都合が良いから一緒にいたの。
多分それが答え。