時は少し遡って2009年1月、松の内のことでした。
その日は友人たちと縁結びで有名な神社に初詣に行きました。
神社の外で皆でお神籤を読みあっていると、次第に沈黙していきます。それぞれ思い当たる節があるようです(笑)
私のお神籤はと言うと…

「今は辛い別れでも、終わらぬ冬はありません。早く別れて春を待ちましょう」


どっひゃーと面食らいましたよ(笑)
そこに書かれていることがあまりに自分の境遇に当てはまっていて、ラジオに引き続き、また神様からのメッセージを聞いたような気持ちになりました。

そして「不吉なメッセージばっかり~」
と、このときもやはり1人心に納めたのでした。

さて。
私と彼は年末に会って以来、会うことはおろか、メールも電話も殆どしていませんでした。
2人で旅費用にと共同で貯めていたお金も、復縁して以来ストップしたまま。
私は気づかないフリを続けました。

ある日、残業を終えて21時頃に退社をすると、携帯に「風邪引いちゃったよー」という彼からのメールが入っていました。

私が週末看病に行こうかと返信をしたところ、すぐに彼から電話がかかってきました。

筆無精&電話嫌いな彼にしては珍しいと少し驚きつつも電話をとると、彼の声のトーンが少し違うことに気づきます。

「メールありがとう。君は優しいね」

そう言ったまま無言になる彼。
さしもの私も違和感を覚えました。

そして彼は、私が外にいる事を知ると「家についたら電話してほしい」と言います。
いよいよもって異様な彼の態度に、心のどこかでまた警鐘の音が鳴り響いていました。


「別れよう」


言われるがままにかけ直した電話。
聞こえてきたのは8月以来2度目の言葉でした。
さっきまで鳴り響いていた警鐘は嘘のように鳴り止み、彼の声も遠くから聞こえてくるようでした。

「うん、わかった」

あらかじめ察していたからか、我ながら薄情なくらいあっさり同意しました。

あまりの簡素な態度に、彼の方が動揺していたくらいです。

私が彼の言葉を聞いて真っ先に思ったのは
「あーついに来たか」、

次に思ったのは
「これで漸く自由になれる」。

秋から続いた一連の出来事に、私は身も心も砕かれていました。
そんな私に抵抗する理由も気力もある筈がなく。
ただただ、彼の言動とそれに振り回される自分の弱さ、そして自分の中の醜い感情から解放されたくて仕方がありませんでした。
2008年12月。
珍しくまとまった休みが取れた彼が、3日間我が家に滞在したことがありました。
復縁して3か月目。その間に私たちが会ったことはなく、メールや電話も途絶えがちでした。
付き合っている実感も全くなく、楽しいという感覚もなかったです。

そんな状況で久々に彼に会ったのですが、喜びの感情は殆ど湧いてきませんでした。
それは彼も同様だったのでしょう。
この3日間は恋人らしい時間も心が通い合うような会話も皆無でした。

でもこの頃の私は、既に自分の心の動きに気づけなくなっていたのだと思います。
言い訳するわけではないのですが、4月から続いた一連の出来事は、私の心を石のようにしていました。
全く楽しくない時間を過ごしても、それが当然のことのように思えたのです。

年が明けて2009年1月。
1月29日は彼の誕生日でした。

彼は珍しく沖縄に来てくれないかと頼んできましたが、私は仕事でどうしても休むことが出来ませんでした。

1月28日。誕生日前日に彼のPCから私の携帯にメールが入ります。

「携帯代を払い忘れて止まった」とか
「携帯が壊れたから連絡できない」とか
そういう内容だったと思います。

私は日付が1月29日に変わった瞬間に、誕生日おめでとうというメールをPC宛に送りました。
それに対しての返信は、ありませんでした。

1月29日深夜。
30日になる直前に今度は彼の携帯からメールが入ります。
「DOCOMOショップに行って携帯が復旧した。同僚がみんなで誕生日を祝ってくれた。楽しかったよ。」といった内容でした。

私は、いつもに比べ妙に饒舌で優しい彼の語調が凄く不穏で、そんな深夜に「携帯が直った」と連絡してくるのも変だと訝しみました。

警鐘が頭の中でガンガン鳴っていました。
自分のことかと錯覚するほど似た状況にあったリスナーからの投稿。
それに対するDJ達の厳しい言葉。

私はこのことを誰にも言えないでいました。

この頃の私は、彼と復縁はしたものの陰鬱とした毎日を過ごしていました。

オシャレもメイクもロクにしなくなり肌も荒れ放題、
突然思い出し怒りを始めたり泣きそうになったりと、
誰が見ても情緒不安定な小汚い女でした。
特にこれまで(ネガティブな意味で)見たことのない体重をマークしたのは衝撃的でした。
暴飲暴食をしていた覚えもないのですが、恐らくボンヤリ生きていたので記憶に残ってなかったのでしょう。

そんな自分の状況に、周囲の人たちが心配していたことにも薄々気がついていました。
そんな中ラジオの話をすれば、「神様がもう別れろと言ってるんじゃない?」と言われるのは火を見るより明らかで怖かったのです。
私は、誰にも相談ができないまま、どんどんと視野狭窄に陥っていきました。